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第7話

 快晴の空の下、ゆっくりとフェリーが出航した。

 三階にある客室に荷物を置いた僕達は、夕食まで時間があるからと、デッキに行ってみる事にした。僕のたっての希望であり、山縣は気怠そうにしている。フェリーでの旅路は、まる一日かかるとの事だった。

 潮風が僕の髪を攫っていく。白い海鳥が空を飛んでいる。

 次第に陸地から離れていき、一面海しか見えなくなった。

 青い水面には時折白い波が立っている。

 デッキには、僕達の他にも大勢の探偵と助手の姿があった。皆、考える事は同じなのかもしれない。せっかくの船旅であるから、海の風景をみたいのは分かる。

 その場がざわついたのは、僕が海をまじまじと見ていた時だった。

 なにごとだろうかと振り返ると、丁度二人の青年が歩いてきた。

 僕もまた驚いて目を丸くする。ざわめきの理由はすぐにわかった。

 ゆったりと左側を歩いているのは、Aランク探偵として有名な御堂皐月だ。本物だ。顔の造形だけならば山縣も勝てるかもしれないが、その部分以外比較しようがない、完璧な探偵である。先日もテレビでモニター越しに見たばかりだ。

 その隣には、御堂さんの助手の高良日向の姿がある。こちらは、実は僕の高等部までの同級生でもあったから、顔見知りではある。あまり親しかったわけではないが、それなりに話をした回数は多い。隣の席だった事もあるし、お互い高ランクの助手だったため、小学校からずっと同じクラスだった。

 助手としての技能の成績は僕の方がよかったのだったりする。

 けれど、バディを組む探偵によって、助手は能力を生かせる事もあれば、生かせない事もある。

 それが全てだから、学校の評価がいくらよかったとしても、それは探偵と出会った時からほとんど無関係になる。今では、僕よりも日向の方が、ずっと立場は上であるし、皆に尊敬されている助手であるのは間違いない。

 歩いてくる二人を思わず見据えていると、日向が僕に気づいたようで、目を丸くした。

 息を飲んでから、日向が御堂さんの腕の服を引っ張った。

 すると何事か話しながら、二人がこちらへと進路を変え、歩いてきた。

 元同級生だから、挨拶してくれるという事なのだろうかと考えつつ、僕は隣を見る。

 山縣は海を見たまま、ぼんやりとしている。

 一度は気のせいかとも思ったが、人気者二名はまっすぐにこちらへとやってきた。

 いつもテレビで見ている二人の姿に、僕は憧れもあって、体を強張らせつつ、緊張から無理やり笑顔を浮かべる。僕は作り笑いがそれなりに得意だ。

「久しぶりだね、山縣」

 立ち止まった御堂さんから放たれた言葉に、驚いて僕は目を見開いた。

 すると漸く気づいたようで、山縣が片眉を顰めて、静かに振り返った。

 黒いネクタイが揺れている。シャツは幸い、僕がアイロンをかけたのでピシっとしている。それはジャケットも同じだ。周囲がこちらに注目しているのがよく分かったので、僕は外見だけでも整えてきてよかったと、ホッとしてしまった。

「話しかけるな」

 しかし山縣はいつも通りの、厚顔不遜な態度だった。

 焦って僕は、山縣の腕を引く。

「山縣、相手は御堂さんだよ?」

「あ?」

「みんな見てるから、もうちょっとさ……」

 ひそひそと僕が言うと、胡散臭そうに僕を見てから、山縣がチラリと御堂さんを一瞥し、そちらに向き直った。

「――何か用か?」

「うん、僕も山縣と話したかったし、僕の助手もそちらの助手と話したいと言っていてね」

 御堂さんがそう述べてからこげ茶色の瞳を、隣にいた日向に向ける。

 金色の髪を揺らした日向は、じっと僕を見ると、一歩前へと出た。

「いつ日本に帰ってきたの?」

「え、あっ……春に」

「そう。もう大丈夫なの?」

「大丈夫って? なにが?」

 僕が首を傾げると、日向は何か言いたそうな顔をしてから、頭を振った。

「なんでもないよ」

 それから日向は、山縣を見た。山縣は何も言わない。

 すると御堂さんが、吐息に笑みをのせた。

「山縣は、ちょっと丸くなったね」

「へ? どこがですか? それに、知り合いなんですか?」

 僕は驚愕して、思わず口走った。

 すると山縣は呆れたように僕を見た。

 そんな僕達の前で、微笑しながら御堂さんが頷く。

「僕と山縣は、山階探偵学園で保育園から大学までずっと一緒だったからね。同じクラスだった」

「えっ? 同じクラス? 普通能力に応じたクラス編成ですよね? ん? 御堂さんはS組のはずで……まさか、山縣も? え?」

 虚を突かれて僕は、おろおろしてしまった。

 山縣は双眸を細くしている。

「しかし山縣がこういうイベントに顔を出すのも珍しいな。君はあまりこういうゲームは好きではないだろう?」

「朝倉が思いのほかミーハーでな。お前と日向の事もキラキラした目でいつも見てるぞ。主にテレビで」

 事実ではあったが、僕は羞恥を覚えて、思わず山縣を軽く睨む。

「や、山縣!」

「事実だろ」

 しかし山縣は呆れたような顔のままだ。

 すると御堂さんが喉で笑った。

「なるほど、助手に頼まれたら断れないね、それは」

 穏やかに御堂さんが言う。御堂さんは物腰が本当に柔らかで、とても優しそうだ。

「夜の推理ゲーム、山縣達と勝負できるのを楽しみにしているよ」

 御堂さんはそう口にすると、日向を促して歩き始めた。

 僕達四人は同じ歳ということだが、御堂さんが大人っぽく感じるのは、落ち着いているからだろうか。

 二人の背中をじっと僕が見ていると、不意に隣で、ぼそっと山縣が言った。

「朝倉は、ああいう奴の助手になりたかったのか?」

「え?」

 それを聞いて、僕は山縣に向き直った。

 山縣はいつもと変わらない表情で僕を見ている。

 僕は軽く首を振った。

「そうじゃないよ。山縣に、ああいう風に活躍してほしいと思う事はあっても、他の誰かの助手になりたいと思うわけじゃないからね」

 ――フェリーが到着した陸の孤島は、金島という。島には左右対称の街が展開していて、小高い場所に、洋館がある。主人は双子の青年なのだという。金という字も中央に線をひく事で、対称となるから名づけられたらしい。

 ただここはミステリーツアーのために用意された島であるから、あくまでもそういう設定だ。探偵機構日本支部が借り上げている場所である。

 行き先不明という内容ではなく、俗にミステリーと称されるような、トリック――ハウダニットやフーダニットといった謎解きをするのが、このツアーの趣旨であり、探偵技能の向上を目的としているという説明が、フェリー内での夕食の席でも行われていた。本物の事件が起きる事はないが、遺体や被害者に扮したエキストラはいるとの事で、それは犯人役も同じだそうだった。館自体や島全体にも仕掛けがあるのだという。

 洋館の二階にある客室に、僕と山縣は入った。それぞれベッドに荷物を置く。

 夕食は、本日は十七時からなので、それまであと一時間ほど、僕達は部屋で休む事になる。僕はチラリと山縣を見た。寝そべっている山縣だが、『ああいうやつの助手になりたかったのか』だなんて、先ほどは愁傷な事を言っていた。

 山縣でも、そんな事を考えるのかと、驚いたというのが本音だ。

 気にさせてしまったなら悪かったなと思いつつ、僕は端正な山縣の横顔を見る。

 そしてふと思った。

「ねぇ、山縣」

「あ?」

「逆にさ、山縣はどんな助手がよかったの?」

「どういう意味だ?」

「朝はゆっくり眠らせてくれる人とか……なんていうか、理想の助手?」

「俺はお前がいればそれでいい。お前以外の助手なんていらん」

 断言されたものだから、僕は自然と嬉しくなった。

 山縣は山縣なりに、僕をきちんと助手だと感じ、認めてくれているのだろう。

 その後夕食までの間、僕達は雑談をして過ごし、指定された時刻に食堂へと向かった。不思議と、山縣と一緒にいると、無言でも気まずくはないのだが、会話が弾む事が多い。

 食堂には、白いテーブルクロスのかかった、長いテーブルがあって、銀の覆いがついた皿が並んでいる。肉料理でも入っているのだろうか。ナイフやフォークの数から、そんな事を考える。

 席はすべて指定されていて、探偵と助手は隣り合わせだ。僕は山縣の右側に名札が置いてある。

 偶然にも、正面の席は御堂さんと日向だった。

 間近で二人の推理とサポートを見られるのかと思うと、心が躍る。

 山縣は推理をしないと宣言していたから、悲しい事に期待はできない。

 逆に僕自身は、なにか自力でもヒントを見つけ出せるか――山縣に有益な情報を渡す事ができるかを試したいという想いもあった。探偵技能だけでなく、ここでは助手としての技能もまた、磨く事ができるはずだからである。

 チラリと御堂さんを見れば、目が合い、微笑みかけてくれた。

 それだけでテンションが上がる。

 すると日向と山縣が呆れたように僕達を見ていることに気づいて、僕は慌てて顔を背けた。山縣にも言われたが、僕はやはり、ミーハーなのだろうか。

「ご着席ください」

 現れた双子の青年の横にいた、支配人だという青年がよく通る声で言った。

 その通りにすると、僕達の背後には給仕の人々が並んでいく。

「まずは料理をお楽しみください」

 そんな声が響いてきて、銀の覆いが、隣から手を伸ばした給仕の人々の手により取り去られた。皿があらわになる。

 僕は最初、何が起きているのかわからなかった。白い皿には赤い血が溜まっていて、その上には人間の頭部がのっている。血の気の失せた顔で瞼を閉じている、男性の首がある。血は、首の切断面から皿に流れ出しているように見える。瞼の色も唇の色も、紫色に変色していて、顔の肌の色は青戸茶色と紫が入り混じって見えた。

「……」

 ――僕は、この光景を知っている。

「くだらねぇトリックだな。トリックと言ってもいいのか、これ」

 山縣の声がする。

 けれどそれが、とても遠く聞こえた。

 ぐらりと僕の視界が二重にブレる。

「朝倉!」

 気づくと僕は、椅子から転げ落ちていて、山縣に抱き起されていた。

 呼吸が苦しくて、涙が浮かんでくる。過呼吸を起こしたらしいと漠然と考えた時、遠のきそうになった意識に、過去に見た陰惨な事件の風景がよぎった。

 あの時僕は、確かに切断された頭部に囲まれていた。

 そして、僕もまた、そのうちの一つになるはずだった。

 僕は今、どうしてここにいるのだろう。

「朝倉!!」

 続けて名前を呼ばれた時、そういえばあの時も、山縣の声を聞いたのではなかったかと考えた。

 ――あの時?

 僕達は今年の春に出会ったはずだ。

 では、あの時とは、一体いつだ?

 そう考えたのを最後に、僕の意識は完全に暗転した。

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