まさか遭遇するとは思わなかったが、俺は怖さんを連れて、料理店へと戻った。顔なじみの店主が、奥の個室に通してくれた。俺の前で怖さんは小動物のように縮こまっている。
……正直、どんな人間なのだろうかとは思っていた。
予想外だった。
顔が可愛い……。
ただちょっと細すぎる。大きな目で、視線を下げては、オロオロしたように再び顔を上げて俺を見て、目が合うとまた目線を下げる姿がとても可愛い。多分同年代だが、幼く見える。
「あの……」
怖さんが口を開いたのは、店主がお茶を二つ運んできた後だった。
「はい」
「えっ……と……楪さん、その……」
「ああ」
焦っている様子の怖さんを、俺は怯えさせないようにしながらゆっくりと話を促す。
「次の新作の投稿はいつですか? 待ってます。昨日のも面白かったです」
それを聞いて、俺は体に変な力がこもりそうになった。お世辞でも嬉しい。
だが――本日の一位は怖さんであり、若干プライドにも傷がついた。
しかしそれよりも、俺には言いたいことがある。
「――恐縮だが、俺の方こそ怖さんの連載の続きを待っている。次の更新予定は? 二週間前から毎日待機しているんだ。あ、いや……更新催促というわけではないんだが」
「え? ああ……あれなら、もう自分の端末の環境内では完結してるんですが、投稿するのが面倒で」
「おい」
俺は思わずつっこんでしまった。すると目に見えて怖さんがビクリとした。
「頼む、読ませてくれ」
「あ……そういうことなら、俺の家に来ます?」
「行く」
俺は即答したが、そういうことでは無かった。投稿して欲しいという意味だったのだが、どうしてこういう流れになったのか……しかし、読みたいので俺はついていくことにした。結局俺達は何も頼まず店を出たが、顔なじみの店主は笑顔で見送ってくれた。
ゆっくりと花を持って歩く怖さんの横を進み、到着したマンションの二階に俺達は入った。この怖さんの家の近所の風景も、SNSで見慣れていたため、内心で、やっぱりここか、と、俺は思っていたがそれは言わなかった。
「どうぞ」
中に入ると、正直汚い部屋があった。ゴミは捨てられているが、ところどころにほこりがたまっている。駆け寄ってきた猫はとても可愛い。
「ええと、これが続きです」
こうしてパソコンの前に促された俺は――……その後、人の家でボロボロと泣いた。最高に良かった、胸に突き刺さりすぎるラストだった。
「どうしてこれを投稿しないんだ!?」
「忘れてて」
「あのな!? どれだけ! どれだけこちらが待っていたと思っているんだ!!」
「え? でも、え? 本当に読んでいたのが意外というか……」
「待っていた!」
「はぁ……」
怖さんが困った顔をしている。俺は思わず唇に力を込めてから、ガシッとその肩に手を置いた。
「大至急投稿しろ!」
「いやでも、今は楪さんが来てくれてますし、パソコンを弄るのは悪いかなと……」
「いいから!」
俺はそれこそが己の使命だと判断して、強く強く怖さんを促した。
するとおどおどしながら怖さんが投稿作業を開始した。
俺はスマホで無事に投稿されたのを確認し、その画面でも再度読み、また泣いてから笑顔を浮かべた。
「本当に最高だった」
「あの……やめてもらっていいですか? 俺……面と向かって褒められると恥ずかしくて……あの、恥ずかしくて死んじゃうんで……あの……だ、だから……ええと」
怖さんは真っ赤になって俯き、プルプルと震えだした。
可愛い。
怖さんが可愛い生き物だと、俺はこの日初めて知った。