「なぁ、旅行いかないか?」
紫野に誘われたのは、夏の事だ。
「時島と二人旅って言うのも飽きただろ? たまには俺と。費用は出すから」
「良いって別に。自分で払う。それより、何処に行く?」
「壁に掛かってる絵画の模様が変化すると評判の宿」
「すごく行きたくないけど、見たいな、それ」
「だろ?」
俺の言葉にクスクスと紫野が笑った。宿の名前はKホテル――T県K市の駅前にあった。それほど大きな街ではなく、はっきり言ってしまえば廃れていた。
二人で特急電車に乗り、珍しく駅弁を買ってみた。
電車に乗っている最中、高階さんからメールが着た。
――『今夜空いてる?』
オカルト話に思考が傾いていた俺は、それとなく紫野を一瞥する。
紫野の方はどういうつもりなのだろう。二人で同じ部屋だったら、その、ヤるのだろうか。
きっとそういう行為は、雰囲気なのだろうとは思うが、今更ながらに意識した。
もう俺達は、気楽に旅行に、二人きりで行くなんて言う関係では、無くなってしまったのだろうか? それともこんな事を思案する俺の方が、考え過ぎなのか。
『今夜は友達と旅行で、K温泉に行ってます。お土産を買ってきます』
そんな返事をして、俺は何とはなしに電源を切った。
昔から、人前で携帯電話を弄るのはあまり好きではない。だが、多分それだけが理由では無かった。現実をありありと彷彿とさせられる事が、俺はあまり好きではないのだと思う。旅行の間くらいは、誰とも繋がらず嫌な事を忘れたいと願っていた。
「相手、誰?」
「紫野、お前は俺のカノジョか」
「左鳥相手なら、カレシにはなりたいけどな。なんか……怖い顔してたぞ」
「え?」
「俺の勘違いじゃない気がする。違うか?」
「そんな事無いって」
「じゃあ見せろって。別に良いだろ」
「何、急に」
「――俺じゃない左鳥の相手が、気になる」
「は?」
俺は大きく首を捻りながらも、背筋が冷えた気がした。高階さんの事は、紫野にも時島にも伝えていない。しかし、気づかれていたとしても不思議は無い。だが、知られたくないとやはり思うのだ。
「とりあえず触るな、そう言う話に」
「……本命って事は無いだろうな」
「無い」
きっぱりと告げてから、俺は溜息をついた。何をしているんだろう、俺は。
それから紫野と、到着したホテルで絵画を見た。
絵画には賽の河原が描かれていた。このホテルには、四階が無いらしく、俺達は五階の部屋に泊まる事になった。
子供が数人描かれていて、金棒を持った黒い鬼もまた描かれている。
賽の河原の鬼は、親より早く亡くなった子供が積む石を、崩して回るのだったか。
その夜、寝苦しくて、俺は一階まで飲み物を買いに降りた。
するとエレベーターが……存在しないはずの四階で止まった。
呆然としている内に目の前で扉が開き、そこには赤と群青が混じった空の風景と、河原が見えた。泣きながら何人もの子供が、石を積んでいる。もう少し、もう少しで積み終わる――そうなった時に限って鬼はやってきて、石を金棒で崩していくのだ。和服を着ている子供もいれば、Tシャツ姿の子もいて、様々な年代の子供が集まっているようだった。無意識に俺は、閉じるボタンを押していた。
部屋へと戻ると、紫野に溜息をつかれた。
「悪い、起こした?」
「いや、出てったから、何事かと思って構えてた」
「飲み物を買いに行ってただけだよ、それで帰りにさ――」
そこから、オカルト談義が始まった。
その日、俺と紫野が同じ布団で眠る事は無かった。翌日、帰路についた。