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第43話 自分じゃない相手

「なぁ、旅行いかないか?」

 紫野に誘われたのは、夏の事だ。

「時島と二人旅って言うのも飽きただろ? たまには俺と。費用は出すから」

「良いって別に。自分で払う。それより、何処に行く?」

「壁に掛かってる絵画の模様が変化すると評判の宿」

「すごく行きたくないけど、見たいな、それ」

「だろ?」

 俺の言葉にクスクスと紫野が笑った。宿の名前はKホテル――T県K市の駅前にあった。それほど大きな街ではなく、はっきり言ってしまえば廃れていた。

 二人で特急電車に乗り、珍しく駅弁を買ってみた。

 電車に乗っている最中、高階さんからメールが着た。

 ――『今夜空いてる?』

 オカルト話に思考が傾いていた俺は、それとなく紫野を一瞥する。

 紫野の方はどういうつもりなのだろう。二人で同じ部屋だったら、その、ヤるのだろうか。

 きっとそういう行為は、雰囲気なのだろうとは思うが、今更ながらに意識した。

 もう俺達は、気楽に旅行に、二人きりで行くなんて言う関係では、無くなってしまったのだろうか? それともこんな事を思案する俺の方が、考え過ぎなのか。

『今夜は友達と旅行で、K温泉に行ってます。お土産を買ってきます』

 そんな返事をして、俺は何とはなしに電源を切った。

 昔から、人前で携帯電話を弄るのはあまり好きではない。だが、多分それだけが理由では無かった。現実をありありと彷彿とさせられる事が、俺はあまり好きではないのだと思う。旅行の間くらいは、誰とも繋がらず嫌な事を忘れたいと願っていた。

「相手、誰?」

「紫野、お前は俺のカノジョか」

「左鳥相手なら、カレシにはなりたいけどな。なんか……怖い顔してたぞ」

「え?」

「俺の勘違いじゃない気がする。違うか?」

「そんな事無いって」

「じゃあ見せろって。別に良いだろ」

「何、急に」

「――俺じゃない左鳥の相手が、気になる」

「は?」

 俺は大きく首を捻りながらも、背筋が冷えた気がした。高階さんの事は、紫野にも時島にも伝えていない。しかし、気づかれていたとしても不思議は無い。だが、知られたくないとやはり思うのだ。

「とりあえず触るな、そう言う話に」

「……本命って事は無いだろうな」

「無い」

 きっぱりと告げてから、俺は溜息をついた。何をしているんだろう、俺は。

 それから紫野と、到着したホテルで絵画を見た。

 絵画には賽の河原が描かれていた。このホテルには、四階が無いらしく、俺達は五階の部屋に泊まる事になった。

 子供が数人描かれていて、金棒を持った黒い鬼もまた描かれている。

 賽の河原の鬼は、親より早く亡くなった子供が積む石を、崩して回るのだったか。

 その夜、寝苦しくて、俺は一階まで飲み物を買いに降りた。

 するとエレベーターが……存在しないはずの四階で止まった。

 呆然としている内に目の前で扉が開き、そこには赤と群青が混じった空の風景と、河原が見えた。泣きながら何人もの子供が、石を積んでいる。もう少し、もう少しで積み終わる――そうなった時に限って鬼はやってきて、石を金棒で崩していくのだ。和服を着ている子供もいれば、Tシャツ姿の子もいて、様々な年代の子供が集まっているようだった。無意識に俺は、閉じるボタンを押していた。

 部屋へと戻ると、紫野に溜息をつかれた。

「悪い、起こした?」

「いや、出てったから、何事かと思って構えてた」

「飲み物を買いに行ってただけだよ、それで帰りにさ――」

 そこから、オカルト談義が始まった。

 その日、俺と紫野が同じ布団で眠る事は無かった。翌日、帰路についた。

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