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第39話 堕落

 そうして――夏本番が始まろうとしていた頃。

 俺は久方ぶりに、ライター業の打ち合わせの為に、新宿へと出た。

 くだんの怖い話の仕事についてで、待ち合わせ相手は高階さんだった。

 静かな喫茶店へと入り、暫く二人で、過去の恐怖話はどうだろうかと話し合っていた。過去というのは、江戸時代やその前の時代だ。大正時代も考えたが、その時代の話は既存の本にも多いのではないかという結論に達した。何故なのか明治は話題に挙がらなかった。打ち合わせが一通り終わった時、不意に高階さんが言った。

「……変な事、聞いてええ?」

「なんですか?」

「霧生君て、ゲイだったりする?」

「え……な、なんでですか、いきなり」

「すごく色っぽい。こっちを見る目が。なんて俺、なに言ってんやろな」

「仮に……そうだとしたら、なんですか? 気持ち悪いとかそう言う?」

 確かに現在の俺は、もうホモネタを気楽に話す事など出来ないし、ゲイなのかも知れない。恋をしているわけではないが。少なくとも俺の体は男に夢中だ……。

「いや、そうならホテル誘おうかと思って」

「え?」

「俺バイやから、て、こっちが気持ち悪いか」

 高階さんが明るい声で笑った。本気なのか冗談なのか俺は困惑していた。

 今日も体は変わらず熱い。

 その上、本日は、時島も紫野もいないのだ。我慢しようと思っていた日だった。

「いいえ。そんな事は無いです、その俺……」

「じゃあ行こうか」

 気づくと俺は頷いていた。その言葉だけで、俺の体はこれから訪れるだろう快楽を想像し、歓喜に震えていたのだ。最悪だ。

「……俺結構ハードな事するよ。基本男には、つっこまんけど」

「そうなんですか」

 しかもより最悪な事に、俺はそのハードな事という言葉に、多分期待すらしていたのだった。

 繁華街のホテルへと連れて行かれた俺は、男同士でホテルには入れる事に驚いた。高階さんはと言えば、手慣れた仕草で部屋を選び、俺を連れてエレベーターに乗った。何故なのか、俺は背徳感を覚えて緊張していた。ラブホに足を踏み入れたのは、人生で初めての事である。

 事後。

 ――目を覚ました俺の体からは、すっかり熱が引いていた。

 緩慢な動作で起き上がりながら、バイブでも熱が収まるのかなんて、漠然と俺は考える。そんな時、高階さんに言われた。

「結構俺達相性良いと思うんやけど、これからもどうや? ――はっきり言うと、セフレにならん?」

 セフレ。その言葉に、気怠い体で何度か瞬きをした。

 なお高階さんは心霊現象になど、それこそ執筆でしか関わりが無いだろうに、この日も俺は、何か大きな力が全身から抜かれたような感覚がしていた。

 高階さんは煙草を銜えると、先ほどまでの出来事など何でもないというような、余裕そうな顔で笑っていた。苦しそうな時島や、切なそうな紫野の顔とは全く違う。

 俺は、そんな、さらりとした高階さんの、大人の魅力と気軽さに、気が楽になっていた。

「……はい」

 気づくと頷いていた俺は、その後大体月に一度は、高階さんと関係を持つようになった。それは――もう蛇の熱に浮かされたからでは無かった。この時の俺は、男の体無しでは、生きられなくなりつつあったのだ。ただ時島にも紫野にも、そんな風には思われたく無かった。だからこそ、高階さんの余裕も心地良かったのだと思う。

 俺が体を重ねた、三人目の相手だった。

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