泰雅の名字の『緋堂』は、寺の名字としては珍しいような気がする。勿論、他に寺生まれの友人がいるわけではないから、比較対象はいないのだが。俺はこの日も、泰雅と二人で酒を飲んでいた。泰雅は生臭坊主だ。髪もある。本人曰く、まだ見習いに等しいから良いのだと言う。
「それにしても左鳥は、さらに色っぽくなったよな」
不意に泰雅がそんな事を言った。
「何言ってるんだよ」
「――昔から思ってたぞ。お前の所は、弟もそうだし、親御さんもそうだし、みんな色気があるよな」
「男に色気があるって何だよ。嬉しくない。一切嬉しくない」
そう言えば昔、紫野にもそんな事を言われたなと思い出した。懐かしい記憶だ。
「神様が憑いてるのが原因かもな」
「は?」
「巫女さんていうの? いや、男だから神主か。だけど――巫女さんの方が近い」
俺は泰雅に、母親の家系について話した事があっただろうか? 首を傾げながら考える。無いような気がする。祖父母の話なんて、特にした記憶は無い。まぁ同じ県内なのだから、知っていてもおかしくはないか。それほど疑問には思わなかった。
「左鳥、あのな、嫌な事を言うかもしれないけど、巫女って言うのはさ、神聖な人だけど――古来は娼婦だったんだ。巫女と体を繋ぐと神の力を得られる、っていう考え」
「へぇ」
「それで巫女さんが交わって産んだ子供は神から授かった子として、子供が出来ない夫婦が育てたりな。ほら、桃太郎とか、そう言う所から来てるのかもしれないって言う説もある。多いだろ? お伽噺で親が分からない子供」
「確かにな」
「だから――お前に惹き付けられる奴は多い気がする」
そう言うと泰雅は缶麦酒を飲み干した。俺はと言えば、まさかと思いつつも、どこかで事実かもしれないと考えていた。そうだとすれば、時島の事や紫野の事も納得がいく気がした。
「だから正直、俺も惹かれてる。男同士なのに不思議。ま、衆道文化は坊主にゃあるか、って感じだけどな」
笑いながら泰雅は言ったが、俺はその瞳に獣のような光を見た気がした。俺はそう言う眼光を、もう見慣れている自覚がある。
「俺、お前の事が好きかも」
「泰雅。それは気のせいだ」
「一回で良いから、抱かせてくれないか。これは冗談で言ってるわけじゃねぇから。そうしたら、少なくとも体を繋げている間は、守ってやれると思う」「何から?」
「鐘から」
泰雅は何かに気がついているのだろう。そうでなくとも、寺にはひっきりなしに葬儀の依頼が来るから、噂が入る事も多いはずで、誰かに何かを聞いたのかもしれない。俺は指を組んで、肘を卓についた。何も迷う必要など無いのだ。拒絶すれば良い。けれど――俺は、体が熱くなったような気がした。
「優しくしてくれる? なんて」
「その余裕が、あればな」
泰雅は正直だなと思う。結局その日、俺は泰雅に抱かれる事にした。
「キツいか?」
「平気だから」
「確かに平気そうだな……嫉妬する」
思わず目を伏せ首を振る。顔を背けて、大きく吐息した。俺は、何をしているのだろう。
――あるいは浮気に当たるのだろうか。いいや、そうでもないのかもしれない。今となっては自分達の関係が、恋人と呼んで良かったのかすら分からないのだから。俺はただ捕食されただけだったのかもしれない。
気持ちが良い。久しぶりに他者と体を重ねたからなのかもしれない。
なのに悲しくて――何が悲しいのかは分からなかったが、俺は泣きながら喘いだ。
その時、誰かの顔が過ぎった気がしたが、俺は頭を振ってそれを掻き消す。
そうして体を重ねた。
俺は睡魔に襲われながら、考えた。恐らく泰雅は、男と寝るのが初めてでは無い。手馴れていた。そして俺について、泰雅もまた、男と寝るのが初めてではないと、確信している気がした。
だが、別に構わない。誘ってきたのは、泰雅だ。
俺はそのまま、寝入った。
――その日も鐘の音は響いてこなかったのだった。