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第15話 ロッジ

 ――Yロッジに向かう事になったのは、その数日後の事である。

 そこは有名な心霊スポットなので、分かる人は分かると思う。F県I町にある。

 地下一階から四階までがあるペンションだ。

 三階に子供の霊が出るだとか、ボイラー室の霊圧が凄いだとか、そんな噂に事欠かない肝試しの名所でもある。

「なんか良いネタあった?」

 高階さんに呼び出されたのは、四年生の春の事だった。

 良いネタ……実際に――この時になってみると、俺のもとには沢山のホラー話が集まっていた。ただ、自分が時島達と経験した事を書くのは、何となく躊躇われる。俺は俯いてから、『本当にあった怖い話。』として書き溜めているファイルの事を、意識して忘れる決意をした。それから俺は顔を上げて、苦笑を返す。するとパシンと高階さんが扇子を閉じた。

「無いんやったらさ、ちょっと頼まれてくれへん?」

「何をですか?」

「心霊スポット行きたいんや」

「ああ、良いですよ」

 もう大学の出席しなければならない講義はゼミしか残っていないから、週に一度しか大学には行く必要が無い。要するに俺は暇だった。同時に、ネタが出せないという負い目もあった。

「俺も行くからさ」

 それを聞いて考える。高階さんと二人だけで行くのは、非常に不安である。

 高階さんには、霊感みたいなものは、いかにも無さそうだ。信じてさえいないだろう。

 しかし俺は、本当に幽霊がいた場合には、それでは対処出来ないと、この頃には考えるようになっていたのだ。黒い人影の事件で、身近に恐怖を感じ取ったというのも大きい。

「あの……大学の友人も、二人連れて行っても良いですか?」

「ああ、ええよ」

 そんなこんなで、俺は時島と紫野に頼み込む事にした。実は俺は、あまり人に物を頼むのが得意ではない。なので、酔いの勢いで言ってしまおうと、二人を居酒屋に呼び出した。

 席に着くと何故なのか、紫野と時島は、長い間ずっと視線を合わせていた。見つめ合っているように、見えなくもない。もしや両思い状態となっていて、俺は邪魔なのだろうか? そう一瞬だけ考えた。だがすぐに、何となく二人は、険悪というか……お互いに気まずそうというか、よそよそしいというか――ネガティブな意味合いで視線を交わしているらしいと気づいた。二人の間には、見えない溝がある気がした。もしかして紫野はフラれてしまったのだろうか? そうであるならば、触れない方が良いだろう。

「あのさ、頼みがあるんだけど」

 俺が切り出すと、そろって二人が俺を見た。

「Yロッジって知ってる?」

 単刀直入に聞いてみると、何故なのか二人が、深々と息を吐いた。

「あー、良かった。俺はてっきり……」

 紫野が生グレープフルーツサワーをグイッと飲んだ。何が『てっきり』なのかは分からない。俺が時島に気持ちをバラしたと思っていたのだろうか?

「俺は逆に、最悪な事にそっちが上手く……」

 今度は時島がそう言った。こちらはジントニックを飲んでいる。何が『最悪』で、何が『上手く』なのだろう?。

 それよりも、Yロッジだ。

 俺はYロッジの概要と、取材に行きたい旨を話した。

 ついてきて欲しいと頭を下げると、今度は二人が苦笑した。その日の二人の態度は奇妙だったが、その理由は最後まで不明だった。

 その後、一泊二日の日程で、俺達はI町へと向かった。東京から、車で出発した。

 運転は俺で、カーナビ頼りだった。この頃は、スマホよりもカーナビを用いる機会が多かったように思う。

 助手席には高階さんが座っていて、後部座席には紫野と時島がいる。

 意外だったのは、いつもは気さくな高階さんが、挨拶すらしたのか怪しいくらい、無言を貫いていた事である。眠っているようだったので、特に俺も話しかけなかった。仕事が忙しいのだろうか。疲れているから、車内で休むつもりなのかもしれない。

 I町に着いてすぐ、俺達は近場のホテルにチェックインした。それから早速、Yロッジに四人で向かった。

 中はスプレーによる落書きの嵐で、壁の至る所が汚れていた。

 空気はひんやりとしている。季節柄かもしれないが。東京よりもF県は、寒かった。

 俺達は噂のボイラー室を見たり、荒れ放題の浴室を撮影したりしながら、Yロッジを探索した。何が出る事も無かったが、様々な場所を写真に収めながら、ボイスレコーダーを片手に歩いていた。

 時島は心底嫌そうな顔をしていたが、紫野は楽しそうに進んでいく。先頭だ。時島の場合は、正確には面倒そうな顔というのが正しかった。頼んでしまって申し訳ない気がする。そう思いながら時島を見た時、不意に目が合った。すると時島が、小さく笑った。不意打ちの笑顔に、何故なのか俺の胸がドクンと啼いた。気のせいだと思う事にして、俺は視線をそれとなく逸らす。そして高階さんを見た。高階さんは顔色が悪く、ずっと無言だった。

 ――実は、怖いモノが苦手だったりするのだろうか?

 そんな事を考えつつも、全てを回り終えて、俺達は外に出た。

 それから少しして、俺はハッとした。俺の両隣には、紫野と時島がいたのだが、一歩後ろを歩いていたはずの高階さんの姿が見えなかったからだ。

「あれ、高階さんは?」

 俺が言うと、時島が静かに目を伏せた。紫野は首を傾げてる。

「誰だよそれ? 俺達、三人でここに来ただろ?」

「え」

 俺は思わず息を呑んだ。紫野は心底分からないという顔をしている。時島は腕を組んでいた。そんな時島に、紫野が言う。

「なぁ、時島? 誰もいなかったよな?」

「ああ。朝から三人で来たな」

「そんなはずが……冗談だろ? 中で迷ってるんじゃ……」

 二人と高階さんとは、一言も話をしていなかったから、悪戯に置いていく気なんじゃないのかなとすら思った。まぁ、二人はそういう事をする性格ではないが。

「違うって言うんなら、連絡してみたらどうだ?」

 紫野の言葉に、俺は慌てて携帯電話を取り出した。そして息を呑んだ。

『――今日急な仕事が入ったから行けんわ、ごめん。そっちで頼む!』

 そんなメールが着ていた。

 ……受信した時刻を見れば、朝だった。出発前だ。

 見逃していた……? 俺は、それまでも何度か携帯を弄っていたが、未開封だったそのメールに、この時まで気がつかなかった。目眩がして、思わずその場に座り込んむ。

 こうして、俺達の小旅行は幕を下ろした。

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