これは、俺が本格的にオカルトネタを収集しようと決意した頃の話で、意識して時島に声をかけた頃の事だ。まずはこれから頻出する(かもしれない)時島について記しておこう。
まず俺は、Fラン大学と巷で言われる――ある私立大学に通っていた。正直入学出来るのであれば何処でも良い、と言うのも、高校を中退した身であるから思っていない事も無かったが――これでも大学の悪い評判は知らなかったので、師事したい教授がいたから、明京大学を選んだという理由がある。俺は精神分析学に傾倒していたから、その方面で高名な教授に習いたかったのだ。論文を読んで、どうしても直接習いたくなったのだ。
時島と俺は、初年時から英語のクラスが一緒で、この精神分析学の先生――楢ヶ崎教授のゼミでも一緒になったのだが、それはただの偶然である。
意識してみると、俺と時島には意外と接点があった。
なので順を追って書いてみる。
俺と時島の最初の出会いは、入学時のオリエンテーションだった。
偶然時島は俺の隣の席に座っていて、不意に俺を見ると肩を叩いたのだ。
「――何?」
「ああ、ちょっと消しゴムを借りたくて」
そういう事ならばと、これでも俺は友達作りに必死だったので――何せ上京したてで知人など誰もいなかったし……己の消しゴムを定規で半分に切り、時島に一つ渡した。
「有難う」
やり取りはそれっきりで、その後特に何かを話すでも無かった。
そして俺は時島の顔は覚えたが、名前も何も聞かずに、そのまま始まったオリエンテーションに臨んだ。焦っていて、聞くのを忘れたのだ。
次に意識して思い出したのが、砂文兄さんに名前を聞いた、肝試し後の事である。
とはいえ――その時、大学は夏休みだった。
俺は時島の家を知っていそうな、同じ英語のクラスの紫野に連絡を取った。
この頃はまだスマホがあまり普及しておらず、アプリも無く、電話やメールが主体だった事を覚えている。
「もしもし」
『あー、左鳥? 何だよ、急に?』
「悪い、起こした?」
『良いけど。すぐバイト行く。なになに?』
「――お前、時島の連絡先知ってる?」
『あー、知ってる知ってる。あいつに用って、なんかオカルトな事でもあったわけだ?』
俺はそれまで時島が、『オカルトの人』だと言う事は、ちらっと砂文兄さんに聞いた話でしか知らなかったので、そんなに有名なのだろうかと驚いた。何せ時島は、俺が消しゴムを半分渡した記憶の限りだと、ごくごく普通の大学生だったからだ。
「時島にはこっちから連絡入れとくから、直接家に行ってみろよ。住所をメールしとくから」
「え」
いきなりの事態に俺が異論を唱える暇もなく、『バイトに行く』として、紫野には電話を切られた。
――いきなり「家に行け」って言われてもなぁ……向こうだって迷惑だろうに。
だが、セージの血尿は、まだ続いているらしい。俺としては、近所のクリニックでは無く大学病院にでも行けば良いのにと思っていたのだが……まぁ一応、形だけでも時島のもとへ出かけてみて、サークルのネタにするのも悪くは無いかと考えた。
時島の家が俺と同じで、モノレールの駅があるH市T駅の最寄りだったという理由もある。行きやすかったのだ。
時島の家は、線路を挟んで、俺の家からは逆方向で――駅を中心に据え置くと俺は右側、時島宅は左側の方向だった。徒歩で、すぐだ。
紫野から、『いつ行っても良い』というメールが届き、住所も記載されていたので、俺は時島のアパートを目指した。アパートだと思っていたのだが、ついた場所にあったのは、細長いマンションだった。ワンフロアが一部屋で、それほど広くはない細い建物だったが、俺の家よりも家賃が二万前後は高いだろうなと思った。学生の一人暮らし用にしては、かなり高級な部類だ。
エレベーターで四階へと向かい、インターホンを押そうとした。しかす押す直前で扉が開いた。
「よく来たな。左鳥だったか?」
「あ、うん。これ……」
俺は、駅前のケーキ屋さんから買ってきた、小さなチーズケーキが六個入った箱を渡した。
それから部屋の中へ入ると、思いの外綺麗だった。
引っ越してきたばかりなのだろうか――と、言うのが正直な感想だ。綺麗すぎた。この時はまだ、時島が几帳面なだけだとは知らなかったのである。
「珈琲の用意をしておいて良かったな。まぁ、適当に座ってくれ」
そう言われて中に促されたものの、座る場所は寝台の上しかなかった。その一段低い場所にテーブルがある。少ししてからはコタツに変わるのだが、この時は、巨大なテーブルがあったのだ。さて時島が、ケーキや珈琲を並べながら俺を見た。
「肝試し、か。羨ましいな。俺もいつか行きたい」
「時島も、うちのサークルに入る?」
肝試しの件は砂文兄さんが話したのだろうか? だったら兄さんが自分で来れば良いだろうにと思いながら、俺はカップを受け取った。砂糖もミルクも無かったが、俺はブラック派なので丁度良かった。
「いいや、大丈夫だ。俺は、サークルとかが苦手なんだ。有難うな」
「所でさ……時島って、『そういうの』詳しいの? 幽霊……とか」
俺は散々、自称『詳しい』という七原と一緒にいたので、正直『冗談だろ』と思いながら聞いた。大変失礼な話ではあるが。
「いや、全然そんな事は無い。紫野のデマだ」
「砂文兄さんも、時島に話せって言ってたけど」
「あー……噂だって。ただの噂。血尿は、カノジョとのセックスのしすぎが原因だから」
何でも無い事のようにそう言った時島は、俺が持参したチーズケーキにフォークを刺した。
「……なんでセージにカノジョがいるって知ってんの?」
俺は何だか薄ら寒くなってきた気がした。セージに、サークル内にカノジョがいる事は、確か砂文兄さんも知らない。知っているのは俺と七原だけだ。碧依君も知らない。
「聞いたんだよ」
「だから誰に?」
「あー、その」
「その?」
「左鳥の後ろの……いや、別に」
「待てよ。別にって……気になるよ、普通」
しかし時島はそれ以上は、何も答えてくれなかった。結局、夏休み明けの時間割や、どの先生が単位を取りやすいかなんて言う話をし、この日は終わった。ただ、帰り際にお守りを二つくれた。多分……お守りだろう。半紙を折りたたんだ、おみくじみたいな品を二つ渡されたのだ。
「セージには不要だから」
では誰に必要なのかと考える。俺は誰が何を視たとも言わなかったけれど……直感的に七原と碧依君だろうなと判断して、その数日後、二人にそれを渡した。
その後は特に、接点は無かった。
時折学校で会うと、肩をパンパンと何故なのか叩かれて声をかけられる。第一声は大抵、「つかれてるな」だった。実際俺は大学二年次から、大学院向けの予備校に通っていたので、疲れていないと言えば嘘だった。
さて――そんなこんなで、就職活動も終わり、ライター業の一環でホラー話の収集をする事になった俺は、これまでの『ばったり会う』ではなく、自発的に時島に声をかけてみる事に決めた。