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10. 噴き出す闇

 ステージの裏手では慌ただしく多くの人が動き回り、時折罵声が響く。しかし、澪とシアンは放っておかれてステージの上で手持ち無沙汰な時間が続いた。

「ねぇ? これ……どうなってるの?」

 澪は口をとがらせながらポップコーンを頬張る。

 本来であれば勝者のコールがあって、表彰式などがあるはずであったが、裏側では怒号が飛び交い、そんな雰囲気でもない。

 観客もその異常事態にざわつき始める。

 勝ったのはネコ。十数人の屈強な闘士たちを打ち倒し、王子すら倒してしまったこの新時代のヒーローを祝福してあげるべきだが、どうもそう簡単な話ではないらしい。王家に勝ってしまったネコの処遇について観客は口々に不安を表した。

 うぅーん……。

 シアンがつまらなそうに伸びをした時だった。

 紫色の小瓶がステージに投げ込まれ、パリンと乾いた音を立てる――――。

 ん……?

 シアンが片眼を開け、ヒゲをピクピクっと動かした。

 直後、割れた小瓶からぶわっと闇が噴き出し、ステージの上を広がっていく。

「んにょわぁ!」

 シアンは慌てて跳びのき、距離を取った。

 闇の中から紫色のオーラの輝きを伴って、電柱みたいな触手が次々と飛び出してくる。

「な、なんにゃ!? これは……」

 シアンはその見たこともない異形の登場に表情が険しくなる。

 触手はあっという間に観客席にまで伸び、観客たちを吹き飛ばした。

 キャーーーー!! うわぁぁぁ!

 パニックに陥る観客たち。得体の知れない巨大な魔物の攻撃はすさまじく、とても人間の力でどうこうできるレベルを超えていた。

 触手は次々と観客席を襲い、太い触手が観客たちを跳ね上げていく。観客たちは右往左往し、逃げ惑った。

「シ、シアン! 何よこれぇ!」

 さすがの澪もそのとんでもないモンスターの登場に青くなる。

「魔界から巨大な何かが侵入してくるにゃ!」

「何かって何ぃ!?」

「タコだかイカだかわからないけど面倒くさそうなやつにゃ!」

 シアンはそう叫びながら、空中に真紅に輝く巨大な魔法陣を次々と展開していく。

「死ぬにゃっ! 炎獄槍インフェルノスピア!!」

 シアンが気合を入れると同時に魔法陣はさく裂し、激しい閃光を放ちながら触手に炎の槍が着弾していった。

 激しい爆発が次々と巻き起こり、キノコ雲が巻き上がる――――。

 キャァァァァ! うわぁぁぁ!

 さらに混乱が広がる観客席。

 ところが、触手の動きは止まらない。何もなかったように観客席を襲い続けている。

「くぅ! ダメにゃ! こうなったら……」

 ピョンと跳び上がって、ボン! と爆発したシアンは人型となってくるりと回りながら着地する。青い毛がファサッと揺れて、青く輝く微粒子があたりにふわっと散っていく。

「シアーン! がんばってぇぇぇ!」

 ポップコーンどころではなくなった澪はこぶしを振り上げ、一生懸命応援する。

 シアンはそんな澪にニコッと笑顔を見せると、モンスターに向けて両腕を伸ばした。

「手加減は……無しだ……。量子刃クォンタムブレード!」

 シアンは長くすらっとした指をまるで指揮者のように優雅にすっすっと動かし、空中に不思議な幾何学模様を描いた。

 まるで機械式腕時計の複雑な歯車のように、幾何学模様が連携しながら動き始める……。

 刹那、その幾何学模様が閃光を放ち、まるで空間が割れるかのようにあらゆるものを切断していった。

「ふっふっふ……。これで斬れぬものはない……」

 シアンはクールな笑みを浮かべる。

 ボトボトと刻まれた触手が次々とステージに落ち、うねうねとのたうち回った。

 おぉぉぉぉ!

 襲い掛かってきた触手たちが一刀両断にされたことに、観客たちから歓声が上がる。

「やったか!?」

 澪はグッとこぶしを握り、つい禁断の言葉を口走った。

 シアンは眉をひそめて唇に人差し指をあて、澪に『シーッ!』っと自重を促す。

 直後、ズン! と、衝撃音を放ちながら、新しい触手が次から次へと湧いてきてしまった。

「くぅ……キリがない……」

 シアンはガクッとひざに手をつき、額に脂汗を浮かべながらハァハァと荒い息をつく。

「ど、どうしたの、シアン?」

 澪が不安そうに声をかける。

「そろそろ燃料切れって……奴です……」

 シアンは苦しそうに顔を歪ませた。戦闘の連続の後の大技、シアンの魔力が枯渇してきたのだ。

 このまま触手を切り刻み続けても本体が出てくる前にエネルギー切れは確実。しかし、放っておけば観客への被害が広がってしまう。ここにきてシアンは追い込まれてしまった。

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