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48. オムツの恩

 空間の裂け目を通ると薄暗いところに出た。小ぢんまりとした社殿があり、鳥居には提灯が揺れている。どうやら神社らしい。


「あれ……? じ、神社……?」


「こっちじゃ、早う来い!」


 レヴィアは眉をひそめながら、ポカンとしている瑛士の手を引っ張った。


「出てくるところを見られると処理が面倒くさいんじゃ。平然としとけ!」


「へ、平然……了解……」


 瑛士はコホンと咳ばらいをすると、背筋を伸ばして大きく息をつき、レヴィアについていった。


「この辺は春と秋に祭りがあってかなり盛り上がるんじゃ」


 レヴィアは楽しそうに両手を広げながら商店街を案内する。


「なるほど、そういう文化がうちの東京にもあった……ということですね?」


「そうじゃな。この東京を参考に復興してもいいぞ」


「なるほど……」


 瑛士は鳥居を振り返り、スマホでパシャっと写真を撮った。まるでタイムスリップしたみたいに、昔の東京を直接体験できるというのはとても不思議な体験だった。



      ◇



 一行は裏路地を進み、やがて繁華街の奥にひっそりとたたずむ木造の古びた建物にやってくる。入り口にはチョークで書かれたボードがあり、今日のおすすめを独特の丸みを帯びた字体で書いてある。


『米沢牛 シャトーブリアン入荷しました!』


「よ、米沢牛……シャトーブリアン……」


 肉なんてほとんど食べられない計画経済で生きてきた瑛士には、その食文化の圧倒的な豊かさに脳髄が揺さぶられる思いがする。


「脂が甘くてなぁ、最高じゃぞ!」


 レヴィアは思わず湧いてきたつばをゴクンと飲み込み、真紅の瞳をキラキラと光らせた。


「くふふふ……、米沢牛……。喰うゾーー!」


 シアンもノリノリで木製の扉をガラガラッと勢いよく開ける。


「いらっしゃいませーー!! お連れ様がもうお待ちですよ!」


 店員の元気な声が響く。


 それは計画経済である瑛士の地球では失われた接客だった。瑛士は東京の全てが眩しく見えた。



       ◇



「おっそいのよ! あんたたちは!」


 個室に案内されると、すでに若い女性がビールジョッキを片手に頬を膨らませていた。


 肩を出しただぶっとしたグレーのニットにアイボリーのベレー帽を可愛く決めている彼女はどう見ても女神様だったが、先ほどまでのヒリつく威厳は感じられず、むしろかわいいお姉さんに見える。


「ゴメンゴメン。今日は美奈ちゃんなのね。レヴィア、ピッチャー五杯くらい頼んどいて」


 シアンはそう言うと不機嫌そうな【美奈ちゃん】の隣に座った。


「あ、あれ? 女神様では……ないんですか?」


 瑛士は不思議そうに小首をかしげながら聞く。


「ふふっ、女神と言えば女神だし、女子大生とも言えるわ」


 美奈は嬉しそうに琥珀色の瞳を光らせ、グッとジョッキを傾けた。


 瑛士はその禅問答みたいな説明に混乱し、言葉を失う。


「女神様のこの地球用の分身……だね」


 シアンは小鉢のナムルをつまみながら言った。


「分身……?」


「長く生きてるとイロイロあんのよ! いいから食べなさい!」


 美奈は面倒くさそうにそう言うと、皿に盛られた米沢牛をドカッと全部ロースターにぶち込んだ。


「おーぅ! 肉、肉!」


 シアンはまだ焼けてもいない生肉をそのまま口に運び、恍惚の表情を浮かべる。


「米沢牛……、最高……」


「我も失礼して……」


 レヴィアも生のままパクパクと肉を丸呑みしていった。


「レヴィア取りすぎ!」


 負けじと肉を奪うシアン。あっという間にまるで戦場のような肉の奪い合いになってしまった。


「あーっ! あんた達! みんなの分も残しなさいよ!」


 美奈は次々と奪われていく肉を守ろうと両手でロースターを覆った。しかし、シアンは目に見えない箸さばきでそれでも肉を持っていってしまう。


「あ、あんたねぇ……」


「くふふふ……。いっただきまー……」


 その瞬間、美奈の箸がシアンの口に入ろうとする米沢牛をガシッと捉えた。


「残せって聞こえなかった?」


 美奈は琥珀色の瞳をギラリと光らせてシアンをにらむ。


「肉は早い者勝ちって決まってるんデース!」


 シアンは箸にオーラを込め、青白い輝きが肉片を包んでいく。


「私が待てって言ったら待つのよ?」


 美奈も箸にオーラを込め、黄金の輝きがシアンの輝きを上書きしていった。


「嫌だと……言ったら?」


 シアンはさらに気合を込め、青い髪を逆立てながら全身が青白い輝きで覆われていく。


「あんたのオムツ、誰が替えてあげたと思ってるの?」


 美奈も負けじと全身を黄金の輝きで包んでいく。すでに肉片はまるで溶接スポットのように激烈な閃光を放っており、見ることもできない。


「替えてくれなんて頼みましたっけ?」


「貴様ぁ……、じゃあさっきの稲妻をもう一発……」


「ふふっ、当ててみる? 同じ手は食わないよ?」


「なんですってぇ!?」


 刹那、にらみ合う二人の全身のオーラがブワッと大きく広がって、室内はまるで太陽になってしまったように激しい輝きに埋もれてしまう。


「あわわわわ」「くはぁ!」「きゃぁ!」


 瑛士たちは神々の戦いの凄まじさに圧倒され、慌てて逃げようと席を立つ。


 その時だった。


 ゴロゴロゴロ……。


 廊下を押されるワゴンの音が響いた――――。



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