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38. 科学への理解

 その晩、懇親会が開かれ、ビュッフェ形式でローストビーフや寿司など、もはや一般には食べられなくなっていた豪華な料理が並べられた。


「おぉ、こ、これは……」「す、すごいぞ……」「素敵……」


 メンバーはみんな大喜びで舌鼓を打ち、ビールをお替りしていく。


 瑛士はその様子を寿司をつまみながら満足そうに眺めていた。


「いやー、蒼海さん。ご満足いただけましたか?」


 田所がジョッキ片手ににこやかにやってくる。


「もちろんです。田所さんのおかげですよ。結果はすでにAIに送って具体化プランを作ってもらっています」


 瑛士はウーロン茶のグラスをカチンと合わせ、乾杯をした。


「これで人類もまた発展して行けそうですな?」


「発展してもらわないと……、僕も困っちゃうので……」


 瑛士は肩をすくめた。管理者アドミニストレーターの評価は文化の発達で測られる。人類には発展していってもらわないと瑛士には未来が無いのだ。


「困る……? 失礼ですが、蒼海さんは一体どういう方なんですか?」


 眼光鋭く田所は突っ込んでくる。確かにまだまだ子供の瑛士が人類の生殺与奪の権利を握っているというのは、どう考えても不自然だった。


「あー、うーん。レジスタンスの生き残り……ですね」


「生き残りがクォンタムタワーを倒してAI政府ドミニオンを制圧……? 会議の冒頭で男性を一人消しましたよね……?」


 田所はコーティングの剥げた丸眼鏡を中指でキュッと押し上げる。


「あぁ、あの方ですね。彼は川崎に送っただけです。今頃家についてますよ」


 瑛士はにこやかに返した。


「人間を転送……したってこと……ですか? どうやって?」


 物理的にあり得ないことをどうやってこの少年は実現したのか、元教授の田所はこの点だけは絶対に理解しておきたかった。


「ふふっ……。やっぱり気になりますよね?」


 瑛士はつい笑いがこみあげてきてしまう。少し前に自分がシアンに向けていた目はきっとこの田所の目と同じ輝きを放っていたに違いない。


「物理的には不可能……ですからね」


 田所は瑛士の一挙手一投足を見逃すまいと、じっと息を止めてまで反応をうかがっている。


「科学ですよ、科学。科学で説明できないものなどこの世に無いんですから!」


 瑛士は両手をバッと広げ、にこやかに返した。


「科学……? いやしかし、そんな技術は……」


「分からないのだとすれば、田所さんの科学への理解が……ちょっと足りないのかもしれませんね?」


 にこやかに返す瑛士に田所は言葉を失った。何十年も科学を教えてきた自分に分からない世界がある、とこの少年は言うのだ。


 しかし、いくら考えても空間転送など不可能だった。素粒子だったら飛ばせるかもしれないが、人ひとりを飛ばすなどSFの世界の話しにしか思えない。


 田所は未熟だと切り捨てられた、この不可思議な少年の言葉に返す言葉が思いつかず、ギリッと奥歯を鳴らした。


「蒼海さん! 今日はありがとうございました!」


 田所が悩んでいると、横から起業家の中年の男が横から声をかけてくる。


「あぁ、お疲れ様でした」


 すっかり出来上がっている男に、瑛士はウーロン茶のグラスを合わせた。


「私ら『賢人』はご期待に応えられましたかな?」


 にこやかに瑛士の顔をのぞきこむ中年男。


「えぇ、素晴らしかったと思います」


「であれば……、ある種の権限……と言いますか、特権の付与はしてもらえるんですよね?」


 中年男はニヤけながら図々しいことを言ってくる。


「あー、招待状にお書きしたように、日当として薄謝が進呈されますが、それ以上の物はないですね」


 せっかくのまっさらから築き上げる社会に、利権構造など作っては文化の発達が遅れてしまう。瑛士は渋い顔で首を振る。


「えーっ!? 僕たちこんなに頑張ったんですよ? 何かもっとあってしかるべきでは?」


 中年男は脂ぎった顔を近づけて恩着せがましく言ってくる。


「申し訳ありませんがこれ以上はありません」


 瑛士はきっぱりと断った。レヴィアに事前に要求は断れと教えてもらっていたのだ。


「えーっ!? いいんですか? 僕らは賢人ですよ、賢人!」


「そうですよ! 私たちの貢献を軽く見てもらっちゃ困るわ!」「何とかなりませんかねぇ?」


 女性アーティストや初老の男性も参戦してきて瑛士はウンザリして宙を仰ぐ。要は彼らは利権化をしたいのだ。今後何もせず富を手にし続けられる特権を確保しておかねば、と必死になっている。人の利権化への執念には恐ろしいものがあるとレヴィアから聞いていたが、まさに今、瑛士はその執念に翻弄されつつあった。


 その時だった、腹の底に響く重低音が建物全体に響き渡る。


 ギュァァァァ!


 それは本能的に生命の危機を想起させる恐ろしい咆哮で、メンバーたちは一斉に真っ青になってうろたえた。




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