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36. 衝撃の神隠し

 バスは綺麗に舗装された国道十五号線を北上していく。誰もいない、信号もない不気味な道を順調に飛ばしたバスは、やがて小高い丘の上に建つ、一つの奇妙な正方形の巨大構造物へとたどり着いた。


「おいおい、これは……。はぁーー?」


 バスを降りた田所はその構造物を見上げ、ため息をつく。それは材木で作られた一辺百メートルくらいでできた立方体だったのだ。辺りには削りたての木の華やかな香りが漂い、まだ白い表面が新築であることを物語っている。


 立方体と言っても、中が詰まっているわけではなく、周りは骨組みで、中はがらんどうだった。


『一体誰がこんなものを……?』


 田所は東京の見渡す限りの更地にポツンと建つ、その異様な建造物に眉をひそめた。未来への強い意志を帯びたこの斬新な造形は、自分たちの世代では想像もつかないもので、それが心中にざわめきを呼び起こす。


「はい、こちらまでお越しくださーい!」


 バスガイドをやっていた絵梨という若い女性が、一行を中へと案内していく。グレーのジャケットをピシッと着こなし、端正な顔つきではあったが、眼光鋭く少しとっつきにくい雰囲気を醸し出している。


 がらんどうの中まで行くと、日差しがゆるやかに波打っていることに気がついた。見上げれば最上階に池があり、その透明な底から水面の揺らめきが創る光のカーテンが差し込んでいる。


「おぉ……」「これはまた見事な……」「誰がこんなものを……?」


 AI政府ドミニオンの支配からこっち、一切の贅沢が許されなくなっていた田所たちにとって、その贅を尽くした文化の香りのするたたずまいには胸に迫るものがあった。中には涙を浮かべながらその光り輝く池を見上げているものもいる。


 絵梨の案内で巨大な木製エレベーターに乗せられた一行は、一気に屋上へと上がっていく。


 屋上では木々が茂り、中央には大きな池があって、その池に張り出すように寝殿造の瀟洒しょうしゃな和風建築が堂々と鎮座していた。


 絵梨の後について渡り廊下で池を渡っていくと、池に作られた小さな島の松の枝にクロツグミがとまり、チロッチロッとさえずっている。その計算された池や植木の配置に田所は感じ入り、ほぅと声を漏らした。大胆な斬新さの中に伝統文化を生かす、そのやり方に田所は今回の会議の目指す姿を感じとる。


 本殿の壁は大きなガラス張りとなっており、中には円卓が見える。どうやらここで会議をするらしかった。


 一行がそれぞれ円卓に着席すると、金属で作られたアンドロイドが現れ、一瞬室内に緊張が走る。ロボットが人間を害するようになってから、AIのやる事には警戒を怠らないことが生き残る秘訣となっていたのだ。そんな一同の緊張を知ってか知らずか、アンドロイドは淡々と緑茶を注ぎ、静かに出ていった。


 ふぅという安堵の声が室内に響く。


 入れ替わりに絵梨が入ってきて、壇上に上がると鋭い視線でメンバーを見回した。髪型をCAの様にぴっちりと後ろでまとめたスタイルの絵梨は、若いながらもしっかりとした口調で案内を始める。


「本日は遠くからわざわざお越しいただき、ありがとうございます。これより今後の人類の在り方を決める賢人会議を始めたいと思います。それでは本会議の主催者であり、モデレーターの蒼海瑛士さん、よろしくお願いいたします……」


 瑛士はちょっと緊張した面持ちでグレーの羽織姿で壇上に現れた。


 十五歳の少年の登場にどよめきが広がる。これからの人類の在り方を決める会議の主催者がこんな少年でいいのかと、田所も眉をひそめた。


「みなさん、初めまして、こんにちは。私がモデレーターの蒼海です。こんな子供が出てきて不安をお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、私は一か月前、クォンタムタワーを倒し、今、AI政府ドミニオンは私の支配下にあります」


 会場はその説明にどよめいた。人類を蹂躙したAI政府ドミニオンがこんな子供の支配下にあるというのは信じがたく、とてもイメージが湧かない。


「いや、ちょっとよく分かんない。責任者出してよ!」


 口ひげを生やした経営者風の中年男が怒鳴る。


「不規則発言は止めて……」


 絵梨が憤慨しながら声を張り上げると、瑛士はすっと腕を伸ばし、それを制止した。


 瑛士は落ち着いてニッコリと笑うと男を見つめる。


「責任者は私です。もう一度場を乱すようなことを言えば……強制退場となります。いいですね?」


「いやいや、何の権限でそんなこと……」


 中年男がさらに喚き散らし始めたその時だった。瑛士はパチンと指を鳴らし、いきなり中年男の姿がフッと消える。いきなりのことにメンバーは何が起こったのか分からない。


「へ?」「はぁっ!?」「こ、これは……?」


 メンバーはお互い、顔を見合わせながらいきなり起こった神隠しに動揺が隠せない。


「静粛にお願いします。今、人類の生殺与奪の権利は僕の手にあるんです。それを良く考えてくださいね?」


 瑛士はニッコリと笑いながら一同を見回した。


 田所は手がブルブルと震え、恐怖で息ができないほどだった。元理系教授で科学を極めた男にとって、目の前の光景は絶対にあり得ない事態である。この少年の行動は全ての論理を超え、まるで彼の長年の科学的功績をあざ笑うかのように男を消したのだ。


 なるほど、このような不可思議な力を持っているのであればクォンタムタワーを倒したというのも嘘ではない。田所はこの会議がとんでもない場であることを改めて骨身に染みて分からせられた。











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