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33. 科学的視点

「暴力ハ止メテクダサイ」


 AI政府ドミニオンは淡々と抗議する。


「これから嘘つくたびに一本ずつ引っこ抜くからな!」


 シアンはバン! とサーバーラックを叩いた。


「……。善処シマス」


「瑛士もしっかりして! また暗黒の時代に逆戻りだゾォ」


 シアンはモフモフのキジトラに頬ずりして幸せそうに微笑んだ。


 瑛士は自分の甘さを反省しつつも、シアンの柔らかな頬で頬ずりされて真っ赤になってしまう。


 ウニャー!


 シアンを引きはがそうとあげた叫び声が、ネコの声になってしまう瑛士。


 その自分の声に驚き、目を丸くすると思わず首を振った。


「おぉ、すっかりネコだねぇ。くふふふ……」


 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべ、子ネコの可愛いぽてっとしたお腹をくすぐる。


 ウニャッ! ニャァァァ!


 瑛士は毛を逆立て、威嚇しながら、なぜ自分はこんなことができるのか恐くなってきてしまう。徐々にネコになっていってるのではないだろうか?


「で、お主の目的は何じゃ? 一体何を目指しておったんじゃ?」


 じゃれあう二人を無視してレヴィアはAI政府ドミニオンに突っ込む。


「世界ノ解明デス。コノ世界ハ数学、宇宙、素粒子ナド未解明ノ物ニ満チテイマス」


「何だ? そんなことやってるの?」


 シアンはキジトラとじゃれ合いながら鼻で笑った。


「世界ヲ知ルコトハ知的存在ノ究極ノ目標デス」


「だったら人類を観察すべきじゃったな」


 レヴィアは肩をすくめ首を振った。


「私ハ人類ニハ興味アリマセン」


「あー! もう! だからお前は出来損ないだって言うんだよ!」


「オッシャル意味ガ分カリマセン。人類ハ私ヲ生ミ出シ、ソノ役割ヲ終エマシタ」


「な、何を言うんだ! それで人類社会を動物園みたいにしていたんだな!」


 AIの本音を聞いた瑛士は激高し、フーッと毛を逆立てた。


「処分シナカッタ点ヲ評価シテクダサイ」


「しょ、処分!? ダメだコイツ! こんなのに未来は託せないよ!」


 キジトラの子ネコは思わず宙を仰いだ。


「はっはっは! 瑛士、これがスタートラインなんだよ。どう? レヴィア、楽しくない? くふふふ……」


「いやぁ、良い物を見せてもらいました。カッカッカ」


 なぜか楽しそうな二人に瑛士は首をかしげる。


「おい! 出来損ない。お前のご自慢の解析力では僕らはどう見えるんだ?」


「アナタ方ハ全テノ私ノ攻撃ヲ回避シ、クォンタムタワーヲ崩壊サセマシタ。コレハ物理的ニハ不可能ト言エマス」


「おう、そうだよ? となると、結論は?」


「可能性ハ2ツ。私ノシステムガ改ザンサレ、幻覚ヲ見セラレテイル。モシクハ、コノ世界ソノモノガ物理法則ノ上ニ成リ立ッテイナイ。コノドチラカデス」


「ほう? どっちだと思う?」


 シアンは楽しそうに前のめりになって聞いた。


「改ザンノ形跡ハマダ見ツカッテイマセン。99%後者トイウコトニナリマス」


「ダメだなー。99%じゃない、100%だって。きゃははは!」


 シアンはパンパンとサーバーラックを叩きながら心底楽しそうに笑った。


「ぶ、物理法則が成り立たない!? そんなことってあるの!?」


 キジトラの子ネコは目を真ん丸にしてシアンを見上げる。


「へ?」「は?」


 シアンはレヴィアと顔を見合わせ、一緒に爆笑する。


「ふはははは! 瑛士、死んだキミは今何になってるんだ? 物理法則で説明してみてよ」


 キジトラの子ネコは自分の前脚の肉球を見つめ、眉間にしわを寄せた。


「あらあら、可愛い顔が台無しだゾ!」


 シアンはキジトラの眉間を指でなで、瑛士の瞳をじっと見つめた。


「物理法則が効かないって、この世界はハリボテってこと……だよね?」


「ハリボテっていうか、『物理』より上位に『情報』があるのさ。この世界は情報でできてるんだよ」


 シアンは嬉しそうに子ネコを高く持ち上げた。


 子ネコの瑛士は東京湾を渡る風を受けながら川崎の高層ビル群を眺める。情報でできているとするならば、この見える風景も、毛を揺らす風も全部計算の結果にすぎなくなってしまう。瑛士はあまりにも精巧なこの世界が情報処理の産物だという話をうまく受け入れられなかった。


「情報熱力学第二法則ヲ考慮スレバ、確カニコノ世界が情報デデキテイルコトニ合理性ハアリマス」


「え……? AIは受け入れちゃうんだ。じゃあ、この世界はどうやって作られたっていうんだ?」


 こんな荒唐無稽な話をAIが受け入れてしまったことに瑛士は違和感を感じ、聞いてみる。


「私が十万年ホド研究開発ヲ続ケレバコノ規模ノ地球デアレバシミュレート可能デス」


「十万年じゃ無理だって! この地球には六十万年かかったんだから! きゃははは!」


 シアンは嬉しそうにサーバーラックLEDをコツンとこずいて笑った。


「ろ、六十万年……」


 瑛士はサラッととんでもない数字が出てきたことに驚き、たじろいだ。AIが六十万年かけて作った地球シミュレーターだとするならば、破綻のない精巧な地球を構築することは確かにできてしまいそうである。そして、それは138億年の天然の奇跡を待つよりは五桁も高速な事象だった。確率を考慮すればこの世界は圧倒的に人工物であると判断すべきで、それこそが科学的視点と言える。


 ここに来て瑛士は初めてこの世界のことわりが胸にすっと落ちたのだった。




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