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26. 血糊のスマホ

「こ、こんなの本当に倒せるの?」

 すっかり気おされてしまった瑛士は情けない顔でつぶやいた。

「何? 信じてないの? なら止めるよ?」

 シアンは不機嫌さを隠さず瑛士をジト目でにらむ。

「あ、いや、思ったより大きかったからさ……。そう、そうだったね、倒せると信じてるから倒せるんだよね」

「もう、しっかりしてよね! 瑛士の希望なんでしょ?」

 シアンはプクッと可愛いほっぺたを膨らます。

「そう! コイツを倒さない限り人類は立ち直れない。シアン、お願いだ。ぶっ倒してくれ」

 瑛士はこぶしをブンと振ってシアンを鼓舞した。

「まぁ、頼まれなくたって倒すんだけどね。くふふふ……」

 シアンはまるで獲物を品定めするかのように、碧眼をギラリと光らせながらクォンタムタワーを見上げる。

 いよいよAIを打ち倒す時がやってきた。長かったレジスタンスでの死闘の日々、そして囮として消えていった父親の姿が一斉に瑛士の中にフラッシュバックして、思わず胸を押さえた。

         ◇

 シアンはスマホ画面を覗きながら楽しそうにタッタッタと塔に近寄り、何やらスマホカメラの画角を調整する。

「こんなもんかな……。じゃぁ行っきマース!」

 シアンはニヤッと邪悪な笑みを一瞬浮かべ、そして、急に真剣な顔になると指先でスマホ画面に不思議な模様を描いていく……。

 ヴゥン……。

 スマホが電子音を放ちながら黄金色の輝きに包まれていった。

 太さ三百メートルあるという人類史上例のない超巨大構造物クォンタムタワー。この化け物のような強固な壁を至近距離からぶち壊す、それには繊細なコントロールが必要だった。下手をして自分たちの方に崩落してきたら瑛士たちが死んでしまう。

 シアンはふぅと大きく息をつくと、キュッと口を結び、シャッターボタンに人差し指を近づけていく。

 その時だった。

「や、止めろぉ!」

 瑛士の叫び声が響き渡り、パァン! という乾いた銃声が響いた。

 へ……?

 シアンが振り向くと、絵梨がこちら向きに構えた短銃から硝煙が立ち上っているのが見えた。

 瑛士は胸を押さえながらドウと倒れ、激しく痙攣をしている。

 はあ……?

 シアンは一体何があったのか一瞬分からなかったが、ガチャリと絵梨が二発目の撃鉄を起こした瞬間、ほぼ無意識に絵梨に向けてスマホのシャッターを切った。

 パシャー!

 刹那、絵梨は力なく崩れ落ち、スマホに吸い込まれてアバターとなる。しかし、アバターはうつろな状態で、ただ茫然とシアンを見つめるばかりだった。

 くっ!

 駆け出したシアンは慌てて瑛士を抱き起こす。

「瑛士ぃーー! ねぇ瑛士!」

 しかし、瑛士の胸からはおびただしい量の血が流れ出し、もはや手の施しようのない状態に見えた。

「シアンは……無事……だね?」

 瑛士は息も絶え絶えに言葉を絞り出す。

「僕をかばったの? 僕のことなんか守らなくていいのに!」

 シアンは噴き出してくる血を必死に手のひらで押しとどめようとするが、どんどん溢れ出してきてしまい、どうしようもなかった。

「僕のことは……いいから……。塔を……倒し……て……」

「うんうん、そんなのすぐにやるからさ……、ねぇ……」

 どんどんと失われていく血、もはや瑛士にはシアンを見ることもできなくなっていた。

「良かった……」

 瑛士はそう言い残すと、ガックリと力を失ってシアンのひざの上に崩れ落ちる。

「あぁっ! 何だよこれぇ……。くぅ……」

 シアンは大きくため息をつくと、もはや反応の無くなった瑛士の頬をそっとなで、悔しそうに首を振った。

 絵梨が自分を狙って銃を撃とうとした。それはきっとAI政府ドミニオンが施した催眠術だろう。AI政府ドミニオンにとって危機的状況になるとそれを除去しようとするように、あらかじめ命令を深層意識の中に深く刻み込んでおいたとすれば辻褄つじつまがあう。まさかここまで用意周到に自分たちを邪魔してくるとは、さすがのシアンも気がつけなかった。

 シアンは血糊のべったりと付いたスマホを取り出すと、無言で瑛士を撮った。

 パシャー! とシャッター音が響き、スマホにはもう一体アバターが追加される。しかし、瑛士のアバターは倒れたままで身動きもしなかった。

 くぅ……。

 シアンは目をつぶってキュッと口を結び、何度か大きく深呼吸を繰り返す……。

 東京湾を渡る風がシアンの青い髪の毛を流した――――。

 クスッ。

 突如シアンの頬が緩み、笑いがこぼれた。

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