瑛士はギリッと奥歯をきしませると声を張り上げた。
「いいですか? AIに支配されるってことは動物園の動物になったってことですよ? 全ての自由を奪われ、餌だけ与えられる。そんな生き方でいいんですか!?」
「はっ! AIが来る前は俺たちゃ社畜だった。強制労働の歯車だったんだよ! 寝てても餌が出るようになっただけマシになったんだ!」「そうだそうだ!」「理想じゃ飯は食えねぇんだよ!」
男たちは吐き捨てるように喚く。
瑛士は言葉を失った。動物園の動物でも以前よりマシだという男たちの想定外の言葉に返す言葉が見つからなかったのだ。
瑛士はAI以前の社会のことを知らない。だが、就活の過酷さやブラック企業のエピソードは聞いたことがあった。会社に入るために何度も人格を否定されたり、やっと入っても朝から晩までこき使われてうつ病で動けなくなることがあったらしい。それを考えたら確かに今の働かなくても生きていける状態は理想なのかもしれないが……。
だが……。
瑛士はうつむき、グルグルと頭を渦巻く言語化できない違和感を必死に追った。
衣食住が無償で提供されれば人間は尊厳を捨ててもいいのだろうか?
働かなくても暮らしていける、ただそれだけのために行きたいところへも行けず、知りたいことも知れず、ただ、産まれた場所で何も知らずに死んでいく人生でいいのだろうか? それが人間と言えるのだろうか?
「お子ちゃまは東京に帰りな!」「お前らには廃墟がお似合いだ!」「ガハハハ、ちげぇねぇ!」
中年オヤジたちが勝ち誇ったように煽ってくる。
カ・エ・レ! カ・エ・レ! カ・エ・レ!
残りの自警団たちも中年オヤジに合わせて帰れコールをかけてくる。
自分たちが命懸けで守ろうとしてきたはずの市民に拒否される。それは瑛士にとって自分の人生を否定されるような許しがたい事態だった。
瑛士はキッと眼光鋭くオヤジたちをにらむと叫んだ。
「あなたたちは子供に『動物園の動物が最高だから動物として暮らせ』って言うんですか? 『お前たちはどうせ社畜でこき使われるんだから動物の方がマシだ』って育てるんですか? 違うでしょ!?」
その迫力に自警団たちは静まり返る。
嗤っていた中年オヤジたちは瑛士の血の叫びに返す言葉を失い、血走った目でにらむ。無限の可能性のある子どもの芽を摘む言説の旗色が悪いことは明らかだった。
顔を真っ赤にした中年オヤジたちは、罵声を浴びせながら瑛士たちめがけて駆け出す。
「うるせーんだよ!」「理想論じゃ飯は食えねぇんだ!」「クソガキが!」
正論の通らない世の中にイラつく思いを拳に込め、瑛士に狙いを定めたのだった。
「はいチーズ!」
そんな様子をニコニコと楽しそうに見ていたシアンは、嬉しそうにスマホカメラのシャッターを切る。
パシャー!
シャッター音と共に青いレーザー光線が次々とカメラから射出され、中年オヤジたちの額に不思議な模様を描いていった。
「ぐっ……」「ごほっ……」「がっ……」
レーザーを浴びた中年オヤジたちの脚が止まり、その場にボーっと立ち尽くす。
「えっ!? こ、これは……?」
慌てて逃げようとしていた瑛士はその光景に呆然とした。あんなに怒りに燃えていた男たちはまるで魂を抜かれてしまったように、焦点の合わない目をしてぽかんと口を開けている。
すると、シアンのスマホから蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「ぐわぁ!」「な、なんだこれはぁ!」「だ、出せー!!」
不思議に思ってスマホをのぞきこんで瑛士は息を飲んだ。そこには中年オヤジたちのミニチュアのアバターがうごめいて、スマホ画面を内側から叩きながら喚いていたのだ。
「こうやってスマホに入れちゃえばかわいいのにね。きゃははは!」
シアンは嬉しそうに笑うが、瑛士にはとても笑えるような話には見えなかった。
スクリーンに閉じ込められた中年の男たちの目は恐怖に満ち、デジタルの牢獄から逃れようともがいている。その姿は滑稽を通り越して、見る者の背筋を凍らせるような恐ろしさを秘めていた。
「ダメだよ! 出してあげてよ!」
瑛士はシアンの腕をギュッと握った。どんなに嫌な奴でも人権を蹂躙するようなことがあればそれはAIと同じになってしまう。
「コイツら攻撃してきたんだよ? 自業自得じゃないの?」
シアンはムッとしながら瑛士をにらんだ。
「それでも帰してあげて!」
スマホの中でアバターたちは手を合わせて涙を流している。
シアンはため息をつくと、口をとがらせながらスマホを思いっきりブンと振り回した。
すると、ぼーっとして動かなくなっていた男たちの身体が急に生き生きと動き出す。
「おおぉぉ!」「も、戻った!」「な、何なんだよコイツらはぁ!」
中年オヤジたちは生還の喜びもそこそこに、慌てて泣きそうな顔で逃げ出していった。
自警団の人たちは何が起こったのかよく分からず、逃げていく男たちを目で追い、お互い顔を見合わせながら首をかしげる。
スマホカメラで魂を吸い取ってスマホに閉じ込める。それはもはやファンタジーのおとぎ話のような事態であり、瑛士はそれをどう理解したらいいか困惑した。ある種の催眠術なのかもしれないが、その機序は到底現代科学では解明できそうにない。
「瑛士もスマホに入る? キミのアバターならもっと可愛くなりそう。くふふふ……」
ドヤ顔のシアンは楽しそうに戸惑っている瑛士を見つめる。
瑛士は深くため息をつき、目をつぶって首を振った。