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16. 夢と現実の境界

 朝食を食べ終わると、二人は一路川崎を目指した。

「行っくよ~♪ 行っくよ~♪ 倒しに行っくよ~♪」

 シアンは拾った長い棒を振り回し、瓦礫をカンカン叩きながら調子っぱずれな歌を歌い、楽しそうに歩いていく。

 瑛士は物思いにふけりながらそんなシアンの後をついていった。

 一帯を覆う瓦礫の山に朝日が差し込み、まるで壊れた世界の美術館のように見える。陰影は現代アートを思わせ、周囲の静寂は心に沁みる。時折カラスの悲痛な鳴き声だけが、この荒れ果てた世界に生命の証を唱えていた。

 昨日あんなにしつこかったAIからの攻撃は全く無く、それはきっと戦車を吹き飛ばしたからに違いないが、シアンがどうやったのかまでは全く分からない。あの時、スマホはテーブルに置きっぱなしだったのだ。

 それに今朝、シアンがささやいた言葉が心に引っ掛かっている。彼女は夢の内容を知っているようなことを言ったのだ。他人の夢を覗ける……、そんなことってあるのだろうか? シアンの言葉は、夢と現実の境界を揺るがせる。

 シアンは『知るは力』と言った。この世界のことを知ればスマホで敵を叩けるし、もしかしたら夢も覗けるのかもしれない。

 それに……、朝からあの夢のリアルな手触りが何かをささやいている。そのささやきはこの世界の裂け目から届くかのように感じ、それはまるでこの世界の真実のパズルの一ピースを見つけたような手ごたえだった。あの先はシアンの世界とつながっている……、そう考えるとつじつまが合いそうな気がしてくる。

 何度かシアンから話を聞き出そうとしたが、何を聞いても上手くはぐらかされてしまっていた。自分で気づけということなのだろう。

 しかし、深呼吸したらこの世界のことが分かるなんて実に荒唐無稽な話をどう整理したらいいのだろうか? 楽しそうに前を歩くシアンの後ろ姿を見ながら瑛士は頭を悩ませる。

 そうこうしているうちに巨大な塀が見えてきた。多摩川の東京側には鋼鉄製の巨大な塀が設置され、川崎との行き来を断絶している。

 塀のそばまでやってくると瑛士はその巨大な塀を見上げた。レジスタンス活動をしていた時は誰かが縄梯子なわばしごをかけてそれを超えていたが、今はそんなのは持っていない。

「さて、ぶち破りますか!」

 シアンは嬉しそうに棒でカンカンと分厚い鋼鉄の塀を叩いた。

「えっ!? そんな棒で破れるの?」

「まぁ、見てて!」

 シアンは木の棒を槍で突く時のように持つと、そのままゆっくりと鋼板に突き立てた。

 ふぅ……、はぁぁぁぁ!

 シアンが気合を込めるとシアンの身体がブワッと黄金色の光を纏い始めた。

 ぬぉぉぉぉ!

 さらに気合を込めていくと木の棒の先が輝きを放ち始め、徐々に鋼板にめり込んでいく。

 う、嘘……。

 なぜ木の棒が鉄に刺さるのか? 瑛士はキツネにつままれたようにその不可思議な棒の動きに目を奪われる。

 うぉぉりゃぁぁぁ!

 シアンは青い目をギラリと光らせるとギリッと奥歯を鳴らし、鋼鉄フェンスにめり込んだ棒を今度は上の方に持ち上げる。

 徐々に上の方へと動いていく木の棒。

 穴は広がり、向こうの景色が覗いている。理屈は分からないが確かにこれなら向こうへ行けそうである。

「おぉっ! すごい!」

 瑛士はその手品みたいな奇跡にワクワクが止まらなくなった。いよいよ川崎に行ける。その先は風の塔だ。

 だが、次の瞬間――――。

 バキッ!

 派手な音を立てて木の棒が真っ二つに折れ、破片がパラパラと飛び散っていった。

「おわぁ! 」「ありゃりゃ……」

 やはりその辺で拾った棒では駄目だったようだ。きっと古いホウキの柄などで、耐久性はもうなかったのだろう。

「慣れないことはしちゃダメだなー」

 シアンは口をとがらせるとスマホを取り出し、つまらなそうに塀に向け、無造作にシャッターを切った。

 パシャー!

 すると、鋼板が円形に徐々に赤く輝き始める。それはまるで赤ペンキで大きな日の丸を描いたようにすら見えた。

「えっ!? こ、これは……?」

 そのいきなりの展開に瑛士は焦って後ずさる。

「ほらっ、逃げるよ! きゃははは!」

 シアンは楽しそうに笑いながら瑛士のうでを握って駆け出した。

 直後、鋼板は激しい閃光を放ちながら大爆発を起こす。ズン! という衝撃で地面は揺れ動き、溶けた鋼鉄の液体があたりに降り注いだ。

「うひぃ!」「きゃははは!」

 鮮やかに輝く小さな飛沫が瑛士にも襲いかかり、服にあちこち穴を開け、焦がしていく。そのめちゃくちゃなやり方に瑛士は泣きべそをかきながら頭を抱え、必死に駆けた。

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