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14. 深い海のような目

 大回りしながら川崎を目指す二人だったが、瓦礫を超えていくのは時間がかかる。やがて、どこまでも続く壮大な瓦礫の大地に太陽が沈んでいく。

 二人は適当な廃ビルを選んで今晩の宿にする。

 瑛士が焚火をおこしていると、昨日と同じようにシアンが缶詰を見つけて戻ってきた。

「うっしっしー。ほら見て! ジャーン!」

 シアンはドヤ顔で牛肉の大和煮の缶詰を見せびらかす。

「おぉっ! に、肉っ! やったぁ!」

 瑛士はガッツポーズをしながら宙を仰いだ。久しぶりの肉、それは辛いレジスタンス生活のオアシスだった。

「ヨーシ! じゃぁ食卓の準備をするぞー!」

 シアンはウキウキでテーブルの上を片付け、綺麗に拭きあげた。

 ズン!

 突如爆発音が鳴り響き、地震のように地面が揺れると壊れかけた天井からパラパラと破片が降り注いだ。

 おいおい……。

 瑛士は渋い顔をして窓の外をにらんだ。

「戦車が僕らを探してるのさ。お馬鹿さーん!」

 どうやら二人を見失ったAIが、可能性のありそうなところを戦車砲で吹き飛ばしているということらしい。

 ズン! ズーン!

 さらに続く砲撃が廃ビルを揺らす。どうやら戦車は何両も居るようだった。

「ねぇ……、ちょっとマズくない?」

 瑛士は不安そうな顔をしてシアンに聞く。戦車砲なんて撃ち込まれたらひとたまりもないのだ。

「大丈夫だよぉ。こんなところまで来ないって。それより早く食べよ!」

 シアンは気にすることなくパカッと牛肉の缶詰を開けた。

「おほぉ! うーまそう……」

 キラキラと碧眼をきらめかせるシアン。

 ズン! ズン! ズン!

 執拗な砲撃は続き、パラパラと破片が天井から降ってくる。

「こんな中で食べるの? 戦車はたおせないんだっけ?」

 心臓に悪い地響きの連続に、すっかり瑛士は元気を失ってシアンに聞いた。

「そのスマホじゃ無理だね。戦車は馬鹿みたいに硬いんだよ」

 シアンはテーブルに無造作に置かれたスマホをアゴで指すと肩をすくめる。

「こんな中で寝るのかぁ……」

 瑛士はがっくりと肩を落とす。

「こんなの寝たら気にならないって。それより肉食べないの? 全部もらっちゃうよ? くふふふ……」

 シアンは皿の上にゴロゴロと肉の塊を出すと、持ち上げて瑛士に見せながら、嬉しそうにペロリと唇をなめた。「食べる、食べるけどさぁ……」

 と、その時だった。ひときわ強い地響きが廃ビルを襲った。

 テーブルがガタガタと揺れ、天井のパネルが外れて落ちてくる。

 うわっ! きゃぁっ!

 パネルは肉の皿を直撃し、肉は皿ごと床に落ちてバラバラと土ぼこりの上を転がった。

「に、肉が……」「あわわわわ……」

 シアンは真っ青になってブルブルと身体を震わせる。

 今日のメインディッシュが床に転がっている。それはあってはならないことだった。

「に、に、に……肉ぅ……」

 シアンの綺麗な碧眼の瞳孔は大きく開かれ、伸ばした手が行き場なくただ震えている。

 そのあまりのショック状態に瑛士は心配になった。

「だ、大丈夫……? 肉はまた見つければい……」

 シアンがバン! とテーブルを激しく叩き、瑛士は息を呑む。

 ガタっと立ち上がると、シアンは碧眼の奥に怒りの炎を燃え上がらせながら階段の方へ歩き出す。

 その今まで見たことのないような怒ったシアンに瑛士はかける言葉も見つからない。

「ちょっとトイレ……」

 シアンは尋常じゃない様子でタッタッタと階段を上っていった。

「え? トイレはこの階にもある……よ?」

 瑛士は声をかけたが返事はない。なぜ上の階に行ったのかよく分からず、瑛士は首を傾げた。

 女の子には男には言えない秘密があるのかもしれない。ふぅとため息をつくと、瑛士は桃の缶詰を開け、その甘くジューシーな果実にかぶりついた。

 と、その時、窓の向こうで激しい閃光が煌めく。そのあまりに激しい光に瑛士は腕で顔を覆った。

 うわっ! なんなんだよぉ!

 恐る恐る目を開けると、戦車のいたあたりに天を焦がす轟炎が上がっている。

 へっ!?

 直後、激しい衝撃波が廃ビルを襲う。

 うわぁぁぁ!

 天井パネルが次々と降り注ぎ、瑛士は逃げ惑った。

 な、なんだってんだよ!

 窓のむこうにはいくつも巨大な灼熱のキノコ雲が上がり、パンパンとさらに小さな爆発が周辺で起こっていた。

 戦車砲であんな大爆発は起こせない。となると、戦車以外の爆撃が炸裂したとしか考えられないが、一体何が起こったのだろうか?

 瑛士は真っ青になってその地獄のような光景に見入っていた。

「あー、すっきりした!」

 カツカツと軽快な足取りでシアンが階段を下りてくる。

「い、今の爆発大丈夫だった?」

 瑛士は慌てて声をかける。

「全ぜーん大丈夫! ザマァ見ろって感じだよね。きゃははは!」

 シアンは嬉しそうに笑った。

「ザマァ見ろって……、戦車がやられたって事? 一体誰が?」

「さぁね? でもこれで今晩はゆっくり眠れそう。くふふふ……」

 シアンの口元に浮かんだのは、邪悪な笑み。その碧い瞳には、何かを成し遂げた達成感の輝きが見て取れた。

「もしかして……、何か……やった?」

 瑛士は疑いの目でシアンを見る。戦車を吹き飛ばせるほどの攻撃力をもう日本の人たちは持っていない。それを実現できる人はもうシアンしかいないのだ。

「えっ? 何にもヤッテマセーン!」

 シアンはキョトンとした顔で腕でバッテンを作って見せる。

 瑛士はシアンの深い海のような目を鋭くにらんだ。絶対何かやったに違いないのだ。

 しかし、シアンはその視線を楽しそうに受け止め、上目遣いで瑛士を見つめ返すと、いたずらっぽく舌をペロリと出して、ゆっくりと唇をなめた。

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