「さて、倒してみますか!」
シアンは優しく手を緩め、エイジの顔をのぞきこみながら、希望に満ち溢れたまばゆい笑顔を見せた。
「た、倒すって……クォンタムタワーを!?」
予想外の言葉に瑛士は驚きで心臓が跳ねあがる。
「君のパパさんの仇を取ってあげよーう」
シアンは嬉しそうに、地平線にキラキラ輝くクォンタムタワー目がけ、銃の形にした指を向けると、撃つ真似をした。
「ほ、本当……?」
もし本当であればとんでもない事である。瑛士はシアンの腕をガシッと握りしめた。
「まかしときって!」
シアンはそう言うとスマホを取り出して、クォンタムタワーをカメラでとらえた。
高さ三キロメートルという人間では到底建てられない驚異の建造物、クォンタムタワー。その青白くライトアップされた姿が望遠最大にしたスマホ画面の中で揺れて映っている。
「うーん、ちょっと遠すぎかなぁ……」
シアンは首をかしげ、手振れしないようにコンクリートの瓦礫の上にスマホを置いて、手をうまく使って画面を安定させた。
「ほ、本当に倒せる……の?」
瑛士はその様子を固唾を飲んで見守りながら、心臓の鼓動が高鳴るのを抑えられなかった。
人類をまるで家畜のように都合よく飼いならし、反抗したレジスタンスを次々と殺してきた悪の総本山、クォンタムタワー。その冷たい青白い壁には、無数の犠牲者の叫びが染み付いている。それをこんなスマホカメラでうち倒すというのだ。もし、本当にできるのだとしたら……、それは新たな人類の歴史の始まりとなるだろう。
「こんなもんかな? ヨシ! じゃぁいっくぞー!」
シアンは瑛士の方をチラッと見て、自信ありげな様子でウインクする。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だってぇ! それ、ポチっとなっと」
シアンはおどけながらシャッターボタンを押した。
刹那、スマホが黄金色の閃光を放ち、辺りに光の微粒子をぶわっと振りまいた。瑛士はその神々しい光に魅せられ、思わず息をのむ。
パパの仇、人類の希望、今までの長いレジスタンス活動での全ての熱い想いがグルグルと瑛士の心に渦巻いた。
いよいよ人類史に残る決定的瞬間がやってくる。
瑛士の手はブルブルと震えた。
最後にスマホが激しい激光を放つ――――。
パ!
スマホがシャッター音を響かせようとしたその時だった。
ぷすっ……。
なんだか気の抜けたような音がして、画面が真っ暗になり、赤い空っぽの乾電池マークが点滅した。
「ああっ!」「ありゃりゃ……」
瑛士は口をポカンと開けたまま、しばらく言葉にならず頭を抱える。
悲願達成目前にして、はかなくも野望は潰えてしまった。
「電池がへたっちゃってるね。しっかりしてよ! もぅ……」
シアンは口をとがらせながらスマホを指でパチンとはじく。
くぅ……。
ブンとこぶしを振り下ろし、瑛士は行き場を失った想いを発散させる。
バッテリーは100%にまで充電しておいたのに電池切れということは、このスマホでは無理ということである。
瑛士は期待が大きかっただけにガックリと落胆し、へなへなとしゃがみ込んでしまった。
◇
廃ビルの中を探検すると、三階に小さな宿直室を見つけた。狭いながらもベッドもあり、また、幸運にも未使用の毛布が布団袋の中で使えるまま残っている。
「僕はもう寝るよ。ふぁ~ぁ……」
シアンはそう言いながらベッドに飛び込んだ。
「あ、じゃあ僕は床で……」
瑛士は床のホコリを掃おうとすると、シアンは瑛士の腕をギュッとつかんでベッドに引き込んだ。
「うわぁ!」
焦る瑛士にシアンは嬉しそうに耳元でささやく。
「薄い毛布しかないんだから、暖め合わなきゃ……」
「えっ! で、でも……」
瑛士は真っ赤になって目をグルグルとさせてしまう。女性に免疫のない瑛士にとって可愛い女の子と一緒に寝るなんて、とても想像できなかったのだ。
「なに? 瑛士はもしかして僕を襲うつもり?」
シアンは小悪魔の笑みを浮かべながら瑛士を上目づかいで見て、その赤いほほを軽くつねった。
「お、襲うわけない……」
瑛士が憤慨しながら答えていると、シアンはその唇を人差し指で押さえた。
「なら、問題なし! おやすみぃ!」
シアンは毛布をバサッと整えると寝る体制に入り、三秒もすると寝息をたてはじめる。
「え……? ちょ、ちょっと……」
瑛士は困惑した。自分と同じ毛布の中で可愛い女の子が無防備に寝ているのだ。一瞬これは誘っているのかも? と思ってしまったが、彼女の幸せそうな寝息と安らかな表情を見るとそんな風でもない。
ふぅ……。
瑛士は大きく息をつくと自分も毛布を整えて横たわり、薄暗い天井を眺めた。
ギシギシときしむ壊れかけのベッド、雨漏りで不思議な模様を描く天井、もう十数年忘れ去られた廃ビルの中で人類の希望が生まれかかったり、青春の一ページが更新されたり目まぐるしかった一日が終わっていく。
瑛士はとても疲れてはいたが、この激動の一日をどう捉えたらいいのか落ち着かず、なかなか寝付けなかった。