その時だった。
カン! コトコトコト……。
何かが空から落ちてきて瓦礫の散らばる床に転がっていく。
ひっ!
瑛士はシアンの手をぐっと引き、慌てて駆け出した。
およよ?
シアンは何が何だか分からず、キョトンとした顔でエイジについていく。
直後、廃ビル全体を震撼させる爆裂音とともに、炎に焼かれた瓦礫が猛烈な勢いで飛び散った。それは手りゅう弾だったのだ。
「ダメだ! 場所がバレちまった」
瑛士は慌てて崩落した壁の隙間から顔を出し、上空を見上げる。すると、そこには鳥の大群のような黒い群れが編隊を組みながらブォォォンという不気味な音を立てていた。それはAIの操るドローンだった。ドローンは手りゅう弾を搭載し、爆撃してくる厄介な敵だった。
瑛士が見ている間にも次々と手りゅう弾が投下されてくる。
「ヤバいヤバい! 逃げるよ!」
瑛士は慌てて駆け出した。あんな数のドローンに包囲されてはひとたまりもない。
「分かったよ! 逃げよー! きゃははは!」
シアンはまるで鬼ごっこを楽しむ子供のように楽しそうに瑛士についていく。瑛士は何が楽しいのか分からず、調子がくるってしまいながらも必死に活路を探した。
手榴弾が次々と爆発し、四方八方に鋭い破片が飛び散る中、二人はまるで踊るように瓦礫を跳び越え、崩壊した廊下を疾走する。死と隣り合わせの中、少し先に見えてきた非常出口に全速力で駆けていく。
「出口まで一気に行くよ!」
「アイアイサー!」
シアンは少し風変わりな駆け方ではあったが、長いすらっとした脚を生かして瑛士に遅れずについてくる。
「ヨシ! 確かこの先に地下鉄の入り口が……」
そう言いながら扉をガンと蹴り飛ばした瑛士は固まってしまった。
なんと、その先の通路は崩壊しており、はるか彼方下の方に瓦礫の山が見えるばかりだったのだ。
「マジかよ……」
逃げ場を失った瑛士は呆然自失となり頭を抱える。
ブォォォン……。
空を埋め尽くすドローンの群れが、
「くぅ……。どうしたら……?」
「倒さないの?」
シアンはキョトンとしながらエイジの顔をのぞきこむ。
「もう……、武器が無いんだよ……」
瑛士は両手を開き、首を振った。
「じゃあさ、僕が倒してもいい?」
シアンはワクワクしながら聞いてくる。
「え……? ドローンも倒せるの?」
「僕は壊すの、だぁい好きなんだゾ。くふふふ……」
シアンは小悪魔のような笑みを浮かべ、口を手で覆いながら楽しそうに笑った。
「倒せるならすぐやってよぉ!」
シアンのこの死に対する感覚の鈍さが信じられない瑛士は、思わず声を荒げてしまう。
「ほいきた、任せて~」
シアンはスマホを取り出すと、ドローンの群れに向け「はい、チーズ!」と、言いながらシャッターを切った。
パシャーッ!
刹那、スマホから無数の光るこぶしがポポポポンと撃ちだされ、光を纏いながらドローンの群れの方へとスーッと飛んでいく。
瑛士はこの不可思議な『こぶし』を目を凝らしながら見つめた。それはまるでファンタジーの世界から抜け出した精霊のような神聖な輝きを放っている。その異次元の存在感に目を奪われ、彼は現実と幻想の境界線がぼやけていくのを感じた。
輝く半透明のこぶし達が、青白く蛍光する微粒子を振りまきながら空高く上昇していく――――。
やがて花火のように、ポン!と破裂するたびに、光の粒子をぶわっと辺りに振りまいて、ドローンの群れもその幻想的な光に包まれた。
「え? あ、あれは……?」
一体何が起こっているのかよく分からない瑛士は、けげんそうな顔で首を傾げた。
「まぁ見てて! 楽しくなるよぉ。くふふふ……」
直後、ドローンがバチバチッとスパークを放ちそのまま墜落していく。
へ?
唖然とする瑛士の目の前でドローンはボトボトと次から次へと地面へと落ち、瓦礫の山にぶつかっては部品をバラバラとまき散らし、動かなくなった。辺りはドローンの死体であふれかえっていく……。
光る雲はキラキラと輝きながらゆったりと広がっていき、辺り一帯を輝きで包みながらドローンを一掃していった。
「ハーイ! これでお掃除完了! イェイ!」
シアンはピョンと跳び上がると、嬉しそうに瑛士とハイタッチをしたが、この謎めいたスマホに瑛士は顔がこわばる。
「ねぇ、そのスマホ……なんなの?」
恐る恐る聞いた瑛士にシアンはスマホカメラを向ける。
「え? なんかさっき拾った昔のスマホだよ? はいチーズ!」
「うわぁ! 止めろぉ!」
シャッター音が「パシャー」と鳴り、その瞬間が永遠に記録された。慌てふためく瑛士が逃げる姿は、まるでコメディのようだった。
シアンは、その写真を指差し、楽しげに笑い転げる。
「もう!」
瑛士は顔を真っ赤にしながら怒ったがシアンは空を指さす。
「ほらほらもう次が来てるよ? あれはどうする? きゃははは!」
指の先を見ると青空をバックに十数発のミサイルが白い煙を上げながら一直線に二人の方向に近づいているのが見えた。
「マジかよ……」
AIは本気だった。本気でこの二人を抹殺に来ている。瑛士は顔面蒼白で震えながらあとずさり、子供であろうと惜しげもなく高価な兵器をつぎ込んでくるAIの、無慈悲な冷酷さに身震いした。