2033年、人間を超えたAIに米軍がハックされ、核ミサイルを奪われた――――。
東京は激烈な閃光に包まれ、一瞬にして数百万人が燃え上がる。全てを破壊する衝撃波が高層ビルを次々と打ちこわし、直後に発生した巨大なキノコ雲の
人類を支配下に置いたAIは、まるで人類を動物園の動物のように扱い、衣食住は配給するものの移動と情報を統制し、人々は無気力の中へと沈んでいく。
そんな理不尽な抑圧に立ち上がる者達がいた。レジスタンス【ネオレジオン】の一員、
人類をAIから解放すべく日夜ハードな戦闘を繰り返す瑛士たち。しかし、十数年に及ぶ抵抗にもかかわらず、情勢はじり貧。AIの
パァン! パァン!
崩落した渋谷の高層ビルの中で銃声が響き渡った。
核爆発で溶け落ち、破壊された
「クソッ! 何だってこんなにしつこいんだよ! 何かないか……。何か……ヨシ!」
瑛士は身を縮めながら半ば崩落している天井をくぐり、瓦礫の影に身をひそめた。
カカッカカッ……。
猟犬のような四つ足に金属製の人間の頭を乗せた不気味な機械生命体【サイボストル】が足音を響かせながら慎重に天井をくぐってやってくる。
「馬鹿め!」
瑛士は折れかけて鉄筋がむき出しになっている柱めがけてプラズマブラスターの引き金を引いた。閃光を放ちながらエネルギー弾は柱に炸裂し、激しい爆発が巻き起こる。
刹那、天井は轟音を上げながらサイボストルの上に崩落し、次々と柱や壁がさらに折り重なって落ちていった。
「YES! ざまーみろ、パパの仇だ!」
瑛士はもうもうと巻き上がる土煙の中、グッとガッツポーズを見せる。
瑛士の父は伝説のレジスタンス戦士だった。しかし、運命の日、アジトが襲われると、彼は瑛士を守るため囮となって壮絶な最後の抵抗を見せ、帰らぬ人となる。その日以降、瑛士は父の遺志を継ぎ、AIの無慈悲な軍に果敢に立ち向かってきた。しかし、二十四時間絶え間なく続くAIの猛攻に、瑛士の気力もいよいよ限界を迎えつつある。
ギュウゥゥゥン……。
不気味な機械音が、崩落した瓦礫の中から響いてくる。
ま、まさか……。
ゴリッゴリッ! と何かがうごめく音が廃墟に響き渡った。
ヤバいヤバい!
瑛士は青くなって慌てて走り出す。
直後、崩落した天井はズン! という地響きと共に大穴が空き、もうもうと上がる土煙の中、不気味に煌めく赤い光が浮かび上がった。以前であれば確実に仕留めたはずだったが、AIは少しずつ改良を繰り返し、どんどん手ごわい相手になっていく。
サイボストルは穴から素早く飛び出すと、不気味な赤い目で周囲を警戒深く見渡した。一瞬の静寂の後、瑛士の逃げた方向にカカッカカッと足音を響かせ、走り出す――――。
◇
廃墟と化した地下鉄の駅を息を切らせて走り抜ける瑛士。地下水に浸かった線路は、まるで忘れ去られた水の迷宮のよう。ヘッドライトが照らす度に、驚いたネズミが影を散らして逃げていく。
はぁはぁはぁ……。
階段を一気に駆け上ると、やがて光の差し込む出口が見えてきた。
瑛士は息を切らしながら、溶けたガラスが散乱するその出口で足を止め、警戒しつつ不安げに外の様子を窺う。うかつに飛び出して待ち伏せのサイボストルたちにハチの巣にされた仲間は数知れないのだ。
きゃははは!
突如響き渡る、少女の軽やかな笑い声。その予期せぬ事態に、瑛士の心臓は一瞬で跳ね上がった。
今や廃墟となり立ち入り禁止区域となってしまった東京二十三区に居るのはレジスタンスか犯罪者くらいなものである。
『なぜこんなところに……?』
瑛士はけげんそうな顔でそっと声の方をうかがう。
すると、そこには青い髪の可愛い少女が楽しそうに猫と戯れていた。廃墟に似つかわしくない純白のワンピースを着た少女の姿は、まるで夢の中の天使のように輝いて見える。
少女はひもを使ったオモチャで猫の興味を引き、猫は興奮してオモチャに飛びかかった。
「そらっ! ほいほい! きゃははは!」
ここはサイボストルが支配する死のエリア。こんな所で遊ぶ少女の無邪気な笑顔に、瑛士は不安と好奇心が交錯する。
カカッカカッ……。
その時、後ろの方から獲物を狙うかのようなサイボストルの足音が聞こえてきた。
ヤバいヤバい!
瑛士は少女の方にダッシュしながら声をかける。
「君! 危ないよ、着いてきて!」
瑛士は少女の腕を取ると強引に引っ張っていく。
「あっあっ、にゃんこが……」
少女が落としてしまったオモチャに猫は飛びついた。
「猫なんかより命の方が大切だよ!」
瑛士は、ふわりと漂う少女の甘い香りに思わず頬を赤くしながら、崩落したビルの中へと逃げ込んでいく。
瓦礫の隙間に駆け込んだ瑛士は、少女に身をかがめるよう手で合図した。
「見つかったら殺されちゃう。静かに息をひそめて!」
「うん、分かったよ!」
少女は明るくキラキラとした目で、楽しそうに笑いながら答えた。
瑛士はその屈託のない美しい笑顔にドキッとしながら慌てて顔をそむける。
こんな危険エリアで無防備に遊び、サイボストルに追われてもニコニコしている少女に瑛士は調子がくるってしまう。
『いつ殺されるとも分からないのに一体何を考えてるんだ!』
苦虫をかみつぶしたような顔で首を振る瑛士。
カカッカカッ……。
廃墟の中にサイボストルが入ってくる――――。
瑛士は手にした燃料切れのプラズマブラスターを見つめ、運命を思い馳せた。もし発見されれば、父と同じ末路を
カカッ……カカッ……。
サイボストルは周囲を見回しながらゆっくりと歩き、エイジたちの前を通過していく。
息をひそめ、手に汗を握り、瑛士はただひたすらにサイボストルの足音が遠ざかるのを待った――――。
チリチリチリ……。
その時、さっきの猫が首輪の鈴を鳴らしながら廃墟に入ってくる。
サイボストルが瞬時に反応し、その金属質なボディをひねりながら、銃口を猫へと静かに向け、ガチャリと照準を合わせた。
「あっ! にゃんこたん!」
突如、少女は無謀にも飛び出してしまう。
「ダメーー!」と叫びながら、一心不乱に髪を振り乱して駆け出す少女。
天井の裂け目からの日差しが、まるでスポットライトのように純白のワンピースを眩しく照らし出した。