「幸村さん、こっち」
「はいっ」
十月の終わり頃、オリオン座流星群を見るため先輩のマンションの屋上に来た。マンションに着いてそのまま屋上に来たが、天体観測が終わると先輩の部屋に行くことになっている。
「もうこの時間帯は寒いね。入って」
先輩は大きめのレジャーシートの上にラグを敷いてくれていた。促されるまま寝転ぶと、ふわりと毛布を掛けてくれる。
「ありがとうございます」
先輩は着ているパーカーのフードを被ると隣に寝転び、少し控えめに毛布の中に入ってくる。
先輩と同じ毛布にくるまれていることに緊張しながら星空を見上げた。
「さっき一つ流星が見えたよ」
「そうなんですね! 次もすぐ見えたらいいなぁ」
「肉眼ではすぐには難しいかもね。後で望遠鏡でも見てみようか」
「はい。でも、ここが凄く温かいので動きたくないな、なんて思ってしまってます」
へへっと笑うと、先輩は星空を見上げながら毛布の中で私の手にそっと触れてきた。そのままゆっくりと指を絡ませていき、手のひらが重なるとぎゅっと握った。
「三年前は、流星群、ちゃんと見れなかった」
三年前とは大学時代サークルでオリオン座流星群を見た年だ。
「それは、私もでした……」
「あの日以来、避けられて嫌われたと思った」
「違いますっ、嫌いになるわけないです……」
「俺さ、実は付き合うの、幸村さんが初めてなんだ」
「そう、なんですか……?」
確かに先輩に彼女が居るとは聞いたことはなかった。だが、大学時代からそれなりにモテてはいたことを知っている。
「仲良くなっても俺の行動に引いて離れていったり、そんなことお構い無しにぐいぐいきて俺が嫌になったり、そういうことばっかりだったんだ。でも、幸村さんは違った」
先輩は寝転んだまま顔をだけを私に向けた。その瞳は少し揺れている。
「幸村さんは、出会った頃から俺の嫌がることはしなかった。俺の行動を受け入れて自然に側にいてくれた。最初は、きっとこの子は気遣いができる子なんだなって思ってた。だけど、幸村さんといる時間は心地良くて、気付いたら好きになってた。好きだって自覚したら自分でも不思議なくらい幸村さんに触れたいって思うようになってたんだ」
私も先輩の方へ顔を向け、目を合わせた。
だからあの日、先輩は私の手に触れたんだ。
「でも、あの後どうすればいいか分からなかった。避けられても、何もできなかったし言えなかった」
「先輩……」
「だから、凌から幸村さんがうちの会社に入社するって聞いた時、次は絶対にちゃんと気持ちを伝えてようって決めてたんだ」
初めて聞く先輩の想いに次第に胸が苦しくなってきた。
「私、先輩のことが好きです。嫌われるのが怖くて逃げ出したくなるくらい」
「俺は幸村さんのこと嫌いになったりしないよ」
握られた手をぎゅっと握り返し、体ごと先輩の方へ向けた。
「先輩、キス……してもいいですか?」
「え……」
先輩は私の言葉に目を見開いたまま固まった。
「やっぱり、嫌……ですよね」
「違うんだ。そういうことをしたことないから自分でもわからない……もし、それで嫌だと思ってしまったら、気持ち悪いって思ってしまったら、きっと幸村さんを傷つける」
「先輩……」
「だから…………ごめん」
先輩の最後の『ごめん』だけが何度も頭の中に響いている。
「いえ、いいんです。そうですよね……」
やっぱり言うんじゃなかった。
溢れそうな涙を堪え、また星空を見上げた。
「俺、幸村さんのこと大事にしたいと思ってるから」
先輩も星空を見上げると手は繋いだまま何も話さず静かに時間だけが流れていった。