「幸村さん」
屋上で先輩とお昼休みを過ごし、空のお弁当を二つ抱えて給湯室へ向かっていると日高さんに呼び止められた。
「は、い……」
日高さんは私の抱えたお弁当をじっと見ている。思わず俯き目を泳がせた。
以前あれだけ言われ、わかりましたと返事をしたのに性懲りもなくお弁当を渡したように見られているはずだろう。
「もしかして、そのお弁当って……」
「日高」
屋上から下りてきた先輩が私の横に並び、日高さんの言葉を遮った。
「松永君」
「先輩」
「そのお弁当は俺が作ったものだから。俺が、幸村さんに食べて貰ってる」
状況を察しているような先輩の言葉に日高さんはため息を吐く。
「最近のあなたたちを見てて私が勘違いしてたって気付いたの。それをちゃんと確認しようと思ったただけ。いじめてなんていないわよ」
「そう? ならいいけど」
日高さんは私の方へ顔を向けると
「ひどいこと言ってごめんなさいね」
眉尻を下げて謝罪した。
「いえ、大丈夫です……」
日高さんをずっと気の強い人かと思っていたため素直に謝ってくれたことに少し驚いたが、本当は凄くいい人なのだろうと感じた。
そして日高さんは踵を返すと
「あなたたち、隠すならもっと上手くやりなさいよ」
私たちに背を向けて手を振り、その場から去って行った。
「えっと……付き合ってることバレてるってことですかね」
「そうだね。だけど、日高は周りに言いふらすようなヤツじゃないよ」
先輩は日高さんの背中をじっと見ながらそう言いきった。それは日高さんのことを信頼している証だ。
先輩と日高さん、お互いのことよく理解してるんだ。
嫉妬ような感情が湧いてきたが必死に抑え、日高さんの背中を見ている先輩の顔を見上げた。すると先輩は私の心の声が聴こえていたかのように
「俺、幸村さんが好きだよ」
急に耳元で囁いてきた。私は先輩の言葉に顔がほてってくるのを感じ、抱えているお弁当で隠すように顔をうずめる。
「先輩、今それを言うのは反則です……」
「ごめんね。ちょっと言いたくなって」
先輩は顔を隠しながらも耳まで赤くなっている私を見て、フッと笑うと経理部のあるフロアへ戻って行く。
私はお弁当を洗うために給湯室へと向かった。
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「で、今度は惚気話?」
一応、話を聞いて貰った咲子に仲直りした報告をしようと、その日の夜電話をしたが少し呆れた様子だった。
「別に惚気って訳では……」
「けど、とりあえず良かったね。大学の頃からさ、黙って避けたりしてたし。あの頃から先輩も芽衣のこと好きだったってことは先輩相当、芽衣に振り回されてるよね」
「それは言わないで……本当に私最低だから……」
「これからはちゃんと思ってること話し合おうって決めたんでょ? 進歩してるじゃんっ」
「そうなんだけど、思ってることを全部言うのは難しいよ……」
「まぁ確かに、全部はね。そういえば、凌も先輩の部屋には上がったことないんだって! 芽衣が行ったって言ったら羨ましがってたよ」
「そうなの? 凌さんも先輩の部屋行ったことないんだ」
「多分、誰も部屋に上げたことないと思うって言ってたよ。それだけ芽衣が特別なんだよ。自信持ちな!」
「うん。咲子、話聞いてくれてありがとう」
「いいよ。話聞くくらい。じゃあね、またご飯行こう」
「うん。また、連絡する」
電話を切った後ふと、昼休みに先輩が月の話をしていたのを思い出した。
『ずっと同じ面を向けて、裏側は見えない』
先輩はきっと私の心の内側を知りたいと思ってるんだ……本当は先輩と手を繋ぐ以上のことがしたいですって言ってもいいかな……
けれど、付き合いはじめてからも先輩からそれ以上のことを求められたことは一度もない。先輩はそんなことをしたいと思っていないかもしれない。もし嫌がられたら、拒否されたらと思うとやっぱり自分からは言えないと、もどかしい気持ちを抱えその日は眠った。