「幸村さん、お待たせ」
先輩と映画を見に行く約束をした日、私は待ち合わせ場所の駅で先輩を待っていた。
「いえ、そんなに待っていませんよ」
先輩は長袖のパーカーを着ている。薄手のものではあるが長袖を着るにはまだ暑い時期だった。表情はいつもと変わらず涼しげだが、首元は少し汗ばんでいる。
「先輩、暑くないですか?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
先輩は軽く微笑むと、気にすることなくそのまま映画館へ向かった。
----------
「座席、一番後ろでもいい?」
「はい。どこでも大丈夫です」
返事をするとすぐに先輩がチケットを二枚買った。
「あっ先輩、私が出しますよ」
私が、チケット代を払うつもりでいたのに、あっさり先輩が払ってしまったのだ。
「いいよ」
「でも、お弁当のお礼ですし……」
「じゃあ、ドリンク、買ってくれる?」
「ドリンク……」
チケット代と飲み物代ではかなり差があり、お礼にすらならないと思ったが、チケットを持ちすたすたと歩いて行く先輩にそれ以上言えなかった。
「わかりました……ありがとうございます」
期間限定ポップコーン……美味しいそう。
映画と言えばポップコーンだよな、と思いながら先輩の方を振り向く。
「先輩、ポップコーンは食べますか?」
「いや、いいよ。ドリンクだけお願い」
あ、手が汚れるから食べないか。
即答した先輩にそれもそうかと私もドリンクだけを買うことにした。
「どうぞ」
「ありがとう」
先輩にドリンクを渡し座席のところまで行くと先輩はボディーバッグからアルコールティッシュを取り出し、肘掛けを入念に拭きドリンクを置く。
うん。先輩は肘掛けを拭くと思ってた!
私もバッグからアルコールティッシュを取り出すと肘掛けを拭きドリンクを置いて座席に座った。
だが、先輩はまだ座っていない。風呂敷のような大きさのハンカチを取り出すと座席に敷き、パーカーのフードを深く被ると袖は手の先まで伸ばし腕を組んで座った。
「…………」
「…………」
先輩、もしかしたら映画館嫌だったのかも……
先輩の行動に急に不安になってきて横に座る先輩をちらりと見たが、深く被ったフードに隠れ先輩の表情はわからない。
そういえば、先輩の私服はパーカーが多かった……
天体観測の時、レジャーシートに寝転ぶ時もフードを被って寝ている。空を見上げていたためフードで顔が見えなくなることはなく、星空の下で話をしながら時折先輩がフッと笑うのが好きだった。
先輩、今どんな顔で映画見てるんだろう。
最後まで先輩の表情を確認することは出来ないまま映画は終わった。
----------
「映画、良かったね」
「はい」
先輩が優しく微笑んでくれたのでほっと肩を撫で下ろす。
「……ごめんね、引いたでしょ?」
「え……?」
突然の謝罪に驚き先輩の顔を見上げる。
「ちらちら見てるの気づいてたよ。ハンカチ敷いたりフード被ったり、やりすぎだよね」
先輩の顔はフードに隠れて見えなかったため私が見ていることに気付かれているとは思っていなかった。
「すみませんっ、違うんです。全然! 引いているとかではくて! 先輩、映画館嫌だったかな、と思って……」
「映画、見るのは好きなんだけどね。普段は家で見てるんだ」
嫌だった、と言わないのは先輩の優しさだろう。
不特定多数の人が飲食しながら座る映画館のシートに座ることは先輩は嫌だったはずなのに。
そんなことは少し考えればわかったはずなのに、そこまで思い至らなかった自分が不甲斐なく思えた。
「私、先輩とデート出来ることに浮かれてました。もう映画館は止めておきましょう」
「いや、浮かれてたのは俺もだよ」
全く浮かれた様子ではない先輩だったが、項垂れる私の顔を見てフッと笑う。
「次は映画、うちで見る?」
「えっ、う、うち?」
まさか、家によばれるとは思わなかった。以前先輩の住むマンションで天体観測をした時もそのまま屋上へ行き、部屋には行くことなく帰ったため部屋に他人は上げないんだろうと勝手に思っていたのだ。
「そう、うち。嫌?」
「嫌なんてどんでもないです! ぜひ、お願いします!」
先輩の顔を見上げ満面の笑みを向けた。
先輩にとって自分は家に上げても良い存在なんだとわかって嬉しくなった。