「幸村さん、これ。俺が二つ持って歩くの怪しいから渡しとく」
先輩は昨日作ってくると約束したお弁当を差し出した。
「わぁ! ありがとうございますっ」
「先に屋上行ってるから、それ終わったらおいで」
「はい、急いで行きます」
私はきりの良いところで仕事を終わらせると先輩から受け取ったお弁当を大事に抱え屋上へ向かった。
フロアを出て廊下を歩いていると少し先で同じフロアにある総務部の女性の先輩が私をじっと見ている。何故見られているかわからず、すれ違い様に軽く会釈して通りすぎようとしたが
「幸村さん? よね?」
呼び止められた。
「えっと……はい」
確かこの人は日高さん?だったかな。先輩がよく話してて同期だって言ってた気がする。
「そのお弁当、あなたの?」
「そう、ですけど」
「さっき、同じものを持った松永君を見たわ。松永君に手作りのお弁当渡したの?」
「え、いや……」
先輩に渡したのではなく、先輩からこのお弁当を貰ったとはとてもじゃないが言えない雰囲気だ。
「あなたは入ったばかりで知らないかもしれないけど、松永君は潔癖症なの。手作りのお弁当渡すなんて迷惑になるようなことしないで」
先輩が潔癖症なのはもちろん知っているし、お弁当も私が渡した訳ではないが、それを説明することはできないためとりあえず頷いてその場をやり過ごすことにした。
「わかりました」
「気をつけてよね」
私が抱えたお弁当を睨み付けるような目を向けると日高さんは去って行く。日高さんからは終始敵意のようなものを感じ、少し気が沈んでしまった。
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屋上に着くと昨日と同じ場所に昨日よりも少し大きなシートを敷いて座っている先輩を見つけた。
「すみません、お待たせしました」
「ううん。一人でぼーっとするの好きだから大丈夫」
既にシートの端に座り私の座るスペースを開けてくれている先輩に自然と笑みが溢れる。
「失礼します」
シートに座ると一緒にお弁当を開けた。
「凄い!」
「今日はちょっと張り切ったんだよね」
私の驚いた顔を見て嬉しそうに口角を上げた先輩はお弁当を食べ始める。
「こんな素敵なお弁当頂いて、なにかお返しをしたいです」
「別に、そんなのいいよ。余り物を一緒に食べてくれるだけでありがたいし」
「そうですか? ありがとうございます……」
先輩はそう言ったが、後日何かお返しをしようと考えた。だが、先輩は何が嬉しいのか、何が嫌なのかまだよくわからない。先ほどの日高さんの『迷惑になるようなことをしないで』という言葉もずっと頭を巡っている。
「幸村さん、どうかしたの?」
考え込んでいるといつもと様子が違うと感じたのか先輩は声をかけてきた。
「いえ、なんでもありません」
「そう?」
先輩はその後黙々とお弁当を食べ、食べ終えると両手を体の後ろにつき、空をじっと見上げる。
「先輩、いつもそうやって過ごしてるんですか?」
「まあ、そうだね」
空を見上げたままの先輩は肩が触れそうなくらい近くにいるのに、とても遠いところにいるように思えてくる。
「私、先輩の時間を邪魔してませんか?」
不安そうに聞く芽衣に先輩は顔を向けると
「幸村さんといる何気ない時間は心地がいいんだ」
それだけ言ってまた空を見上げた。
先輩、私はもっと先輩と触れ合いたいです。
そんな思いを抱えながらも、自分から触れていいのか、どこまでならいいのか、そんなことを考えては結局何もできず、そのまま一緒に空を見上げた。
「先輩、お弁当箱は私が洗ってきますね」
昨日、屋上から戻った後先輩が給湯室でお弁当を洗っていたのを私は知っている。
「いいの?」
「はい。それくらいはさせて下さい」
先輩から弁当箱を受け取ると屋上を後にした。
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給湯室で弁当箱を二つ洗っていると後ろから声をかけられた。
「どうせ中身は捨てられてるわよ」
「日高さん……」
敵意を向けてきながらもその顔は悲しそうに見える。
「日高さんも、先輩に何か渡したことがあるんですか?」
日高さんは眉間に皺をよせ怪訝そうな顔をしたがゆっくりと話始める。
「前にチョコを渡そうとしたら手作りは食べられないからって受け取って貰えなかったわ。あなたは指導係だから気を遣って受け取ってくれたかもしれないけどたぶん食べてないわよ」
「…………そう、かもしれませんね」
日高さんはきっと先輩のことが好きなんだ。
先輩と付き合っていることも、先輩からお弁当を貰ったことも言えないことに心苦しくなりながらも、先輩との距離感をどうとって良いかわからない状況に日高さんと自分が重なって見えていた。