松永先輩と付き合いはじめて暫くした頃、マンションの屋上で星を見ようと誘われた。先輩の住んでいるマンションの屋上は開放されており、先輩はよく屋上で星を見ているようだった。
「いいところですね」
「屋上が気に入ってこのマンションに決めたんだ」
ちなみに先輩の部屋には行っていない。マンションに入ってそのまま屋上へ案内された。
屋上には既に先輩が準備していた望遠鏡が置かれている。
「今日はよく見えるよ」
先輩に促され望遠鏡を覗いてみると、肉眼では見えないような星もはっきりと見えた。
「綺麗ですね」
「この時期は夏の大三角がよく見えるんだ」
先輩は空を見上げてゆび指す。
「先輩は本当に星が好きなんですね」
「まぁ、星も好きなんだけど。星が、というよりは宇宙が好きなんだよね」
「宇宙……?」
「宇宙ってさ、広いじゃない? じゃあどこまで広いんだろう、宇宙の果てってどうなっているんだろうって考えるんだよね」
「なんだか、スケールが大きいですね」
宇宙の果ての事なんて考えたこともない。
「この地球がある太陽系はわかるよね? その太陽系がある銀河が天の川銀河。その天の川銀河の中には太陽のような恒星が約一千億個あるんだ」
「一千億個……」
「そして宇宙には銀河が約二兆個あると言わているんだよ」
「そ、想像もつかないです」
「そんな宇宙の果てはどんな姿をしているんだろう、そもそも果てはあるのかってね……幸村さん、よくわかってないでしょ」
「はい……正直」
想像しようとしても頭が混乱して何もわからなった。
「サークルも、咲子ちゃんに誘われて入っただけで別に天文に興味あった訳ではないもんね」
「すみません……」
興味がなかったことを知られていたとは思っていなかったためなんだかいたたまれなくなる。
「謝らなくていいよ。それでも一生懸命勉強してる幸村さんが健気で可愛いなって思ってた」
先輩からの不意の可愛いに顔がほてるのを感じ、俯く。
「こっち来て」
敷いてあったレジャーシートに誘導されて二人並んで寝転んだ。先輩は空を見上げたままそっと手を握ってくる。もう、避けたりなんてしない。
「あの時もこうしていれば良かったです」
「俺もちゃんと言葉で伝えていれば良かったとあのあと後悔したよ」
あの時は凄く悲しかった。もう側には居られないと思うほどに。それが今こうして先輩が触れてくれている。幸せだと思った。だけど人はどんどん欲がでる生き物だ。
(もし、キスがしたいですって言ったら先輩は嫌がるのかな)
先輩の横顔を見ながらまだそんな勇気は出ないな、と口には出さなかった。
先輩はじっと星空を眺めていた。
「世界は広い、なんて言うけどさ。地球なんて宇宙の中では本当にちっぽけな星なんだ。そんな事考えてたら、ちっぽけな地球の中のちっぽけな自分ていったい何なんだろうって思えてくるよね」
おもむろにそんな事を言う先輩の声はどこか寂しげだった。
「では、そんな広い宇宙の中の地球という同じ星に生まれて、こうして出会えたことは奇跡ですね」
先輩は空を見上げたままフッと笑うと
「幸村さんのそういうところ、好きだよ」
優しく握っていた手にぎゅっと力を込める。
「私も、先輩のことが好きです」
強く握られた手をぎゅっと握り返した。