いま俺たちは、リーリエが展開したバリアのような物に守られていた。
「タイプ:リーリエが倒れた際、
そういったリーリエの胸部が、輝きだした。
俺はエリクサーを一息に飲んで、彼女に近づいていく。
「お取りください」
無表情に繰り返す彼女は、まるでロボットのようだ。
ゴクリ、と息を呑んで、俺はリーリエの胸の中に手を入れた。
なにかが手に触れる。
なんだこれは、長い獲物のようだが。
彼女の胸から俺が引き抜いたのは、巨大な砲だった。
砲だって!? と思うかもしれない、だがそれはまさしく砲だ。正確には超ロングバレルの砲、いわゆる『バスターランチャー』とでも呼ばれる類の両手持ちの射撃武器。
「タイプLG208-L、ロングバレル型の大口径魔導粒子砲。これならば遠距離より、多数の戦術目標を瞬時破壊可能と思われます」
「魔導……粒子砲?」
「粒子変換されたマナを光線の形で出力する砲型兵器。戦術級魔導兵器としては最大規模の火力を持ちます。扱いに注意を」
淡々とした声で説明をするリーリエは、まるで別人のようだった。
「リーリエ、おまえは……?」
「私は
「
「これより1分後にシールド効果が切れます。その瞬間に全てのダンジョンコアを撃ち抜いてください。ご健闘を、
それだけ言うと、リーリエの目に光が戻ってきた。
ロボットのように無表情だった彼女の顔が、歓喜に溢れる。
「ご無事だったのですね、コヴェルさま!」
「いてて、抱きつくなリーリエ。まだ戦闘のさなかだ」
「し、失礼いたしました」
よかった。どうやら元に戻ったらしい。
あのままだったらどうしようかと、正直不安だった俺がいる。
注意されて謝ってくる彼女の姿を見て、胸を撫でおろす。
と、リーリエが今さら気がついたように、俺が抱えている魔導粒子砲を見た。
「な、なんですかこれは……? それに、この光の膜は」
「覚えてないのか」
「なにをでしょうか」
「いや、いい。これはおまえの中から出てきた武器だ。説明している時間がない、この魔導粒子砲を使って、ダンジョンコアを一気に撃ち抜く」
「えっ?」
そういって俺は、ベルトを肩に掛けて魔導粒子砲を両手でぶら下げるようにして構えた。重い。これは本来一人で使う武器じゃないな?
持ち手にトリガーがあるのは助かるが、うまく照準を合わせる自信がない。
ガツン、ガツン!
こうしている間にも、<ルームゴーレム>の手足はバリアの上から攻撃を繰り返してきている。バリアが外れた瞬間にしっかりぶっ放さないと、潰されてしまうかもしれない。
俺は広間を見た。
『目』で、コアの欠片が隠れている小さな隠し部屋をサーチする。
「さがれリーリエ、バリアが外れた瞬間にコレを撃つ!」
言った途端にバリアが消えた。巨大な手が、足が、隠し部屋の中に居る俺たちに向かって飛んでくる。
俺はトリガーを引いた。
――ゴッ!
ぶっとい光のエネルギー粒が、一瞬だけ音を立てて魔導粒子砲の砲身から吐き出された。
それは<ルームゴーレム>の腕足を瞬時に光の中の藻屑に変えながら、広間の中で蛇のようにのたうつ。
「思ってたより反動が強い!」
破壊力が振動が、俺の腕を揺さぶって砲身を安定させない。
これでは、コアを撃ち漏らしてしまう。
「くっ!」
「私が支えます」
光のエネルギー粒を吐き出している砲身に、リーリエが抱きついた。
じぅ、という音。
じぅじぅ、というその音は、焼けた砲身に焦がされるリーリエの肉の音だ。
「リーリエ!?」
「コヴェルさま、今のうちに狙いを」
「わ、わかったリーリエ。支えてくれ!」
リーリエのお陰でエネルギー粒の光線が安定を見せた。
「いってください、コヴェルさま!」
彼女が叫ぶ。
俺も叫んだ。目に全てを集中する。
「うあああああああああーっ!」
コアのある小部屋を『目』でサーチしなおす。
その数、二十八ヵ所。
バン! と。
隠し部屋へと光を誘導する度に、乾いた破裂音が広間に響き渡る。コアの欠片が消滅する音だ。
「うっ、ぐぅう……。くっ」
じぅじぅ、と砲身に焼かれながら、リーリエは必死に砲を固定する。
俺は順に、ダンジョンコアが隠れている小部屋を撃ち抜いた。
パァン! その度に響く炸裂音。
幾つのコアを破壊しただろう。突然、フロアの壁という壁が揺れた。
正面の石壁が形を変えていく。
そこに浮かんだのは、巨大な<ルームゴーレム>の顔。
それは人間の顔をしており、怒りに燃えた双眸が俺たちを睨む。
「そんな顔をされてもな。もう遅い」
――ゴッ!
これまでよりも更にぶっとい光線で、俺は<ルームゴーレム>の顔ごとダンジョンコアを破壊したのだった。
パァン! パァン! パァン! と。
木霊する炸裂音だけを残して。
◇◆◇◆
西日が、深く傾いている。
リーリエが目を覚ましたとき、そこは地上だった。
コヴェルに背負われて、彼女は揺られている。
しばらくそのことに気が付かず、リーリエはトロンとした目で西日を眺めていた。
なんだろう。凄く懐かしい。
ポカポカとした背中だ。私はなにを思い出そうとしているのか。
ああそうだ、これはお父さんに背負われていたときの記憶。
『私、お父さんの背中、大好き』
『ははは、それは光栄だ。だけどねリーリエ、キミはいつの日にか、ボク以外の誰かに背負われることになるんだよ』
『そんなのイヤ』
『わがままを言っちゃいけない。その時には、同時にキミもその人を背負うことになるんだから』
お父さんは、ときどきわけのわからないことをいう。
『背負われてたら、背負えないよ』
『背負えるんだよ』
むちゃくちゃだ。お父さん。
私は頬をふくらませてコウギした。でもお父さんは笑うばかり。
『キミにはこの先苦労を掛けてしまうかもしれない。でもボクは、キミが良い相手と出会えることを、願ってるよ』
どうなんだろう。
私に、そんな出会いが待っているのだろうか。
「リーリエ?」
「…………」
「起きたのか? リーリエ」
コヴェル……さま?
「はい、起きました」
「よかった。目を覚ましてくれた」
「……って、えっ!?」
不意に状況を理解したリーリエが、耳をピンと立てた。
「も、申し訳ありませんコヴェルさま! 大丈夫です、歩けますので!」
「そうか? じゃあ降ろそう」
背負っていたリーリエを、ゆっくりと降ろすコヴェル。
リーリエはどことなく恥ずかしそうに。
「ところどころ覚えています。ボスを倒して、ダンジョンの探索は終わったのですね」
「ああ。今はダンジョンから出たばかりの場所だ、今日はここで野宿だな」
街から歩いて半日のダンジョンではあったが、街の門限には間に合いそうもない。
なにより夜を歩くには疲れすぎた、とコヴェルが言う。
わかりました、と頷くリーリエ。
そして会話は、そこで止まった。
なにかを話したい、とリーリエは思うのだが言葉が出てこない。
彼女は、ソワソワと身体をゆすりながら、長い耳をピコピコさせる。
「あのな」
切り出したのはコヴェルだった。
「はい、なんでしょうコヴェルさま」
「ボーナスは、弾むぞ」
「え?」
「ボーナスだボーナス。お金。約束してただろ、危険手当。リーリエには、本当に頑張って貰ったからな」
「あ、はい」
会話はそこでまた止まった。
なんとなし居心地が悪そうに、コヴェルの身体が揺れている。
まだなにか、言いたそうだ。
リーリエはジッと彼のことを見ながら、言葉を待ってみた。
「えーとな、あと」
「はい」
「おまえには、ちゃんとお礼を言わないといけないよな、って」
リーリエが身を焼きながら魔導粒子砲の砲身を押さえてくれなかったら、面倒なことになっていたに違いない。
言われて彼女が自分の手の平を見ると、まだ癒えきらぬ火傷の痕があった。
「いまエリクサーを出すから。やけど傷、痛いだろう」
「痛いです。……でも」
リーリエは、手のひらを西日に掲げてしげしげと眺めた。
「この傷は、このままで構いません」
「どうしてだ?」
「嬉しかったんです。コヴェルさまの力になれたことが」
コヴェルの目を見て、リーリエは笑った。
「戦いたいって、自分の意思で初めて動くことができました。だからこの傷は、コヴェルさまの仲間になれた証のような気がして」
「そういうものかね」
「コヴェルさまには、わからないかもしれませんね」
クスクスと笑うリーリエだ。
「少しだけですけど、私に貴方を背負わせて欲しいのです」
「リーリエの華奢な身体じゃ大変だろう」
「例えです」
「わかってるよ、テレ隠しだ」
「ふふ。私もわかってました」
笑い続けるリーリエに釣られたのか、コヴェルも笑顔になる。
「なぁリーリエ」
「はい」
「話せるって、いいな」
「そうですね」
「聞きたいことが、たくさんあるんだ」
「答えますよ、なんでも」
「そっか、嬉しいな。でもまあ、ゆっくり聞かせて貰うよ。俺たちはこれから長い付き合いになるんだから」
「わかりました」
リーリエは頷いた。そうだ、コヴェルさまはそういう方だ。決して無理に聞こうとはしない。そういうところが、お父さんに似ている。
「でも一つだけ、コヴェルさま」
「ん?」
「約束の話には、最後の部分があるんです」
リーリエは語りだす。
――約束。友達との、親との、社会との、そして自分との約束。
その中でも、とりわけ『自分との約束』は絶対に守らなくてはいけない。
自分が信用できなくなってしまうから。
自分が信用できなくなったら、なにもできなくなってしまうから。
「私は奴隷になったとき、自分と約束したことがあります。絶対に希望を捨てない、私を守ろうとしてくれたお父さんの為にも、いつかきっと幸せになる、と」
コヴェルは頷いた。
そういえば彼女は、今まさに<ルームゴーレム>の足に潰されんとしていたときでも、最後まで諦めていなかったと。
リーリエがコヴェルを見つめる。
「コヴェルさまは、自分となにか約束したことがありますか?」
「……ない。だけど」
その目を見つめ返しながら、コヴェルは続けた。
「いま自分と約束するよ。絶対におまえを幸せにするって」
「それは……え?」
リーリエの顔が突然赤くなる。
「え?」と慌てたコヴェルの顔も、次いで赤くなった。
「いや違う! これは別に、プロポーズとかそういうのじゃなくてもっと一般的な!」
「いえ、あの! はいコヴェルさま! もちろんわかっております!」
二人は同じようにワチャワチャと、手振りで自分の気持ちを打ち消しあった。
そして同時に笑う。
「これからもよろしくな、リーリエ」
「はい、コヴェルさま」
ワクワクする。
リーリエは奴隷になって初めて胸をときめかせた。
お父さん、やっとあのときの言葉の意味がわかりました。
私にも背負ってみたい方ができたのです。
私は頑張ります。
この方が、私を必要としてくださる限り。
リーリエは嬉しそうに、もう一度笑ったのだった。