●11
「じゃあいくぞ」
斧で硬質物質を殴ると、さすがにバターのようにとはいかないが、刃先が表面に食い込んだ。何回か繰り返して斧を振り、硬質物質を割っていく。
割れた板状の硬質物質が床に落ちた。
「おっと、それはこの袋の中に」
「持って帰るのですか。コヴェルさま」
「ああ。そんな硬い物質、いってみればこれ自体がお宝だからな」
エフラディートに売ってもいいし、自前で素材として使えないか研究してみてもいい。
どちらにしても役に立つ。
零れ落ちた破片をリーリエが拾い上げてくれた。
「……思った以上に軽いものですね」
「だな。加工できれば強力な防具でも作れそうなものなんだが」
「防具の表面に貼り付けるだけでも効果ありそうです」
「なるほど賢いな」
もう仕事が終わる、という弛緩した空気。
だからリーリエが、少し迂闊なことをしてしまったのを責めるのは酷というものだ。
「コヴェルさま、そんなポロポロ落とすように斬ってしまって」
彼女がまだ封の解けていない階段の奥に身を乗り出して、破片を拾おうとしたそのとき。
「ダメだ! リーリエ、身を引け!」
「え?」
俺はリーリエの腕を引っ張るが、もう遅かった。
それは発動してしまった。
――それ。
魔法によるトラップのことだ。
「あ」
目の前が白く輝いた。
思わず俺は目を細める。
「きゃっ!」「くっ!」
途端、俺の視界は白さに満ちていき、方向の感覚を失った。
――――。
「くそ。テレポートトラップだ! 済まないリーリエ、気づくのが遅れた」
「も、申し訳ありません、私のせいで!」
「いや、俺のせいだ。俺もその瞬間まで魔力を感じることができなかった」
俺たちは暗闇の中、それぞれに膝をついて頭を支えていた。
三半規管を揺らされてしまい、すぐには身動きが取れない。
「テレポートトラップ……。ここはどこなのでしょうか」
「わからない。だが、この感じはランダムテレポーターだと思う」
「なぜそう仰るのですかコヴェルさま?」
テレポートトラップの魔力には質がある。
幾度か引っ掛かった体感から、俺はそう感じたというだけの根拠だ。
「……おや?」
「どうしましたコヴェルさま」
俺は思わず暗闇を凝視した。
「この先に隠し部屋の気配を感じる」
マジックポーチから、二つ目の『
クルクルと宙に舞い上がりながら、俺たちが放り込まれたフィールドを照らし出す。
広い。
天井が照らし出されるまでにも時間が掛かった。
高さもある。三階建ての家屋の屋根よりも高そうなフィールド。
そして。
「コヴェルさま! あそこに巨大なゴーレムが!」
同時に、『
ずんぐりむっくりとした、上半身と頭がでかいアンバランス体形の<ストーンゴーレム>が太い両腕を振り上げて、今まさに俺へ対して振り下ろそうとしている。
「心配するなリーリエ」
俺は片手斧のトリガーを引いた。
歩きながら、彼の頭上に迫る<ストーンゴーレム>の両腕を、片手斧の一振りで切り裂く。
続いて左足を斬った。
バランスを崩した<ストーンゴーレム>は、よろめきながら床に倒れ込み、頭を石畳にぶつけた。
唖然とした顔で、リーリエが呟く。
「……すごい」
そんな「目の前の光景が、信じられない」といった顔をされても。
この武器があればこれくらいできる。
こんなバランスの悪そうな身体をした<ストーンゴーレム>だ。
一撃の攻撃力は高そうだが弱点は明確だろうに。
両腕と左足を失った<ストーンゴーレム>は、立ち上がるどころかバランスを取ることもできずに、石畳の上で蠢いている。
ほらな、これでもう無力化だ。
そう説明したのだが、リーリエは首を横に振り。
「こんな大きい魔物を一瞬で……。石の身体ですよね」
呆然とした顔で言ったのだった。
◇◆◇◆
どうやらここはボス部屋だったらしい。
この<ストーンゴーレム>は、大きさの規模的にダンジョンコアを持つ魔物かもしれない。
俺は床に転がる『石の塊』と化したボスモンスターを、斧で切り刻んだ。
「その……ダンジョンコアとはなんなのですか? コヴェルさま」
「このダンジョンを封ずる為のアイテムだよ。ダンジョンボスの体内で守られていて、それを破壊すればダンジョンは崩壊する」
いやだが、ダンジョンコアが出てこないな。
ボスではなかったのかもしれない。
「まあ、瞬殺してしまえるような敵だったしな。そんな楽な話はないか」
「瞬殺と言いますがコヴェルさま」
「ん?」
「決して簡単にやっつけたわけではありませんでしたよね?」
どうもリーリエは見ていたらしい。
巨体のゴーレムが振り下ろした両腕を、サクッと斬り落としただけに見えたかもしれない俺のあのひと振り。
自分で言うのもなんだが、それが如何に絶妙な受け流し斬りであったのかを。
あれほどの巨体が重量を乗せてきた両腕なのだ、力を逸らして避けるだけでも本来は至難の業。それを俺は、斧の刃で逸らした上に巻き込む斧捌きで両断したというわけだ。
「リーリエは、そのことが見てわかるんだ」
感心してしまった。相当目が良い。
ホント、良い素質を持ってそうだ。
「まあいい。こいつからはダンジョンコアを見つけられなかったし、大人しく隠し部屋を探ろう」
光を感じる奥壁に向かって俺はが手を伸ばした。
だが、感触がよくあるタイプの隠し部屋の壁とは違っていた。
経験はある。
このタイプの感触は、壁を壊さなくてはならない。通り抜けで中に入れないのだ。
これまではこのタイプにいささか苦労していた俺だが、今回は話が違う。
なにせ無敵の片手斧があるのだ。普通の壁程度、すぐに壊せるだろう。
俺は片手斧を振りかざす。しかし。
「あっ?」
手にしていた魔法の片手斧が細かい粒子になって、リーリエの胸の中へと戻っていってしまった。
「早いな。これまでも制限時間的なものはあったが、こんな短いことは初めてだ」
「硬いモノをたくさん切ったからでしょうか。もしかしてエネルギー的な何かが切れたのかも」
後ろで見ていたリーリエが言う。
なるほど、そういう可能性はある。今にして思えば、試しで家のミスリル板を切ったときも少し早く斧が消えてしまった気がする。
「リーリエ、もう一回出して貰ってもいいか?」
「えっ? あっ? はい。どうぞコヴェルさま」
リーリエが近づいてくる。
そのまま服の胸元を開いてみせた。
頷いた俺は彼女の胸に手を伸ばした、のだが。
「あれ、中になにもないぞ?」
胸の中に腕を入れることはできたが、なにも指先に引っかかるものがない。
「そうなのですか?」
「使いすぎでクールタイムでも発生したのだろうか」
「わかりません」
楽ができると思ったのだが残念だ。
ともあれ、彼女の中から取り出せるものがない以上は仕方ない。
手持ちの剣でコツコツと隠し部屋の入口を開けていこう。
俺は腰の剣『
しばらく壁に頬っぺたをくっつけながらその作業をしていると、リーリエがクスリと笑いだした。
「どうしたリーリエ?」
「いえすみません。楽しそうですね、コヴェルさま」
「ああ、楽しいぞ」
実際、俺はたぶん笑っていたことだろう。
隠し部屋を見つけて開くという行為は楽しい。
中になにがあるのか、そんなことを想像しながら作業をする。
「隠し部屋を見つけるのが大好きなのですね」
「そうだな、好きだと思う。なかになにがあるのか。興味が尽きない。それに」
「それに?」
「たいがい儲かるしな」
あれ? 思った以上に俺は躊躇なく答えたな今。
どうも彼女に聞かれると、素で答えてしまうことが多い気がする。
この素というのは、前世の性質に近い、という意味だ。
なぜだろう。
「ふふ。本当に楽しそうです」
「困ったな」
「どうなさいました?」
「どうも俺は、この楽しんでる姿をおまえに見せることに躊躇いを感じていないようなんだ」
「……どういうことでしょう?」
俺は前世とこの世界で色々と処世術を学んだ。
自分の能力を隠してD級に居座りながらこっそり隠し部屋から富を得ていたのもそれだし、リーリエのような虐げられている者のことを見てみぬ振りをしていたのもそれだ。
要はすれっからしになっていたはずなのだ。
「その方がこの世界で得だと。やっていきやすいものだ、とな」
そう話した俺を、彼女は黙ってみている。
続けて欲しい、とその目が訴えていた。
「だけどおまえのお陰で……」
彼女の存在は、俺に前世での夢や憧れを思い出させてくれた。
異世界に転生したなら、どうしたかった?
前世では子供の頃、漫画やアニメを見ながらこう思っていたはずだ。
自由気ままに生き、弱きを助けて強きを挫く。
世界の謎を解くために冒険し、やがては英雄に。――なんて。
リーリエは俺に情熱を取り戻させてくれた。だから彼女の前では、思わず素になってしまうのかもしれない。
「……いや、やめだ。とてもじゃないが言えない」
「うふふ」
リーリエが優しい声で笑う。
「コヴェルさまは少年みたいですね」
「はあっ!?」
なにいってやがる、俺は前世では中年だったし、今だってもう二十歳を超えている。
少年とか言われてしまう歳じゃあない! なんだその恥ずかしい言われ方は。
「ほら、そうやって恥ずかしがって動揺するところとか。どこか子供みたいです」
「お、俺は別に恥ずかしがってなんか……!」
「いいんですよコヴェルさま。そういうコヴェルさまのことを、どうやら私は好ましく思っております。私の父もそういう人でした」
俺の顔は、たぶん今真っ赤だ。
「コヴェルさまは私を助けてくださいました。奴隷には過分な扱いもして頂いております。私はコヴェルさまにお仕えできて幸せです」
俺はパクパク、と口を動かして。
「そうか」
とだけ、どうにか答えることができたのだった。
俺は彼女を視界から外して隠し部屋を開ける作業に専念した。
なんだか背中に温かいまなざしを感じながら壁を弄っていると、やっと開きそうになる。
「隠し部屋が開くぞ」
このときやっとわかった。
あの<ストーンゴーレム>の中にダンジョンコアがない?
なるほどそうだろうな。確かにアイツはボスじゃなかった。
狭い隠し部屋の中央台座に、深紅に煌めく宝石のようなダンジョンコアが鎮座していたのだ。
その大きさは、人の頭くらいの大きさだろうか。しかし。
俺は眉をひそめた。なんで『こんなところに?』と。
この直後、俺たちはダンジョンコアが『隠し部屋の中にあった理由』をその身をもって知ることになるのだった。