冒険者ギルドの扉を開けると、寸前までザワザワしていたギルド内の談笑が一瞬止まった。視線が俺とリーリエに集中する。
”おい、あれがコヴェルって奴なのか?”
”そうだよ。おまえあの日いなかったのか”
”ああ、でも話は聞いた。凄かったんだって?”
”あのS級冒険者、黄金鎧のニードを素手で捻り潰したんだ”
”マジかよ……!”
ひそひそ話がギルド内のあちこちで繰り広げられている。
正直悪い気はしなかった。
リーリエとの出会いを機に、これからは好きに生きていくと決めた俺である。舐められているより、これくらいの方がやりやすいだろう。
良くも悪くも、これからは目立つことになっていくに違いない。
それでも、隠し部屋を見つけられる『目』のことや、レアアイテムのことは、なるべく秘密にしておきたいという思いはある。
知られて良いこともなさそうだからな。
「よお」
と俺が声を掛けたのはカウンターに居たいつもの受付の男だ。
「あ、ああ……! コヴェルか、うん」
「エフラディートに呼ばれてきたんだが」
受付の男が仰天した顔をする。
そりゃそうだろう、俺の秘密をバラした相手の名前が、俺の口から出たんだから。
「おまえ、喋ったらしいな」
「す、すまん。だが俺も、ギルド長に目を付けられるわけにはいかなくて」
「ギルド長って、エフラディートのことを言ってるのか?」
見た目、15、6歳の女の子だったぞ!?
驚いてそういうと、受付の男は周囲をはばかりながら小声でこういった。
「若返りを繰り返しているって噂だ。実際は百歳を超えるらしい」
なんてこった。ある種ロリばばぁだったのか。
そりゃ、オーラというか圧を感じるわけだ。
「エフラディートさまはこのギルドの長。しかも、この街のギルド長というだけでなく、冒険者ギルド全体を統括する偉い方だ。わかるだろ? 睨まれたくないってことが」
受付の男は拝むように俺に手を合わせて。
「だからすまん! ギルド長にしか言ってないからよ、勘弁してくれ」
「まあおまえの立場もわかった。だが二度はないからな、気を付けてくれよ」
エフラディートは他の者にはバラしてないと言っていた。
つまり俺の行為も黙認する、という意味だと解釈できる。
ならば、これからもコイツにはお宝の金銭化で力を貸して貰うことになるはずだ。今はそんな責めないでおこう。
「ギルド長の部屋は二階奥だ。ほら、行ってこい」
「わかった」
”なんて話してたんだ?”
”良く聞こえなかったがギルド長に呼ばれたらしい”
”すげえな、あのギルド長が興味を持ったってことか”
奥に向かう際にも注目を受けてしまった。
興味を持たれただけで驚かれるって、ギルド長もよっぽどなんだな。
リーリエは受付の男にペコリと頭を下げてから、俺についてきた。
階段を上がり廊下を奥に。
確か部屋は二階の一番奥だったか。
それらしい扉を見つけたので、俺はコンコン、とノックしてみる。
「入ってくれ」
少々舌ったらずな女性の声が中から返ってきた。エフラディートだ。
俺たちは扉を開けて中に入った。
「約束通りきましたよ。ギルド長だったんですね」
「言ってなかったかい?」
「言ってたか? リーリエ」
「確か昨日は『一介の冒険者』とだけ仰ってました、コヴェルさま」
「だよな」
という感じに不満顔を見せてみると、エフラディートはニヤリと笑った。
「嘘は言ってない。昨日の話はあくまで冒険者としての私からのお願いだったのでね」
促されてソファに座った俺たちだった。
それにしても、改めてエフラディートの容姿は若い。
誰がギルド長と想像できるかって話だ。
それでも今日は金銀刺繍の入ったローブに身を包んでおり、昨日に比べると幾分威厳が増している。
「まあ、この焼き菓子でも一緒に摘まみながら話そう。茶も用意しないとな、少し待っててくれ」
というとテーブルにカップを並べ、横のポットから茶を注いだ。
湯が熱さを保っているということは、あのポットもマジックアイテムか。
「あまりのんびり話をする気分でもないのですがね」
「そう言うな。私はキミらと仲良くしたいんだ、まずはその口調をやめてくれ。ざっくばらんでいこう」
茶を一口啜って……って苦い! こんな苦い茶があるのか!
俺は渋面を作りながらも、「それなら」と続けた。
「言わせて貰うが、俺は脅された身だからな。果たして仲良くできるものか」
「そう言わないでくれ。知っているかもしれないが、こう見えて私はキミよりだいぶ年長者だ。知識だけは豊富だぞ? それに立場も高い。利用してくれて構わないと言っているのだ、使わないのは勿体ないと思わないかい?」
俺はリーリエと顔を合わせた。
彼女も同じことを感じたようで、少し困った顔をしている。
「と言われてもなぁ、リーリエ」
「そうですね、コヴェルさま」
「なんだ二人とも。言いたいことはしっかり言おう、キミらと私の仲じゃないか」
どういう仲だかわからないが、頭が痛い。
俺はマジックポーチの中から『小人さん』を三体取り出した。
「代わりになにを要求されるかわからないからな。ほら、これが口止め料だ」
「おお、これは嬉しい」
手のひら大の『小人さん』を受け取ると、エフラディートはテーブルの上に転がした。
ニマニマ笑いながら『小人さん』を指でつつく。
「いや実際、こういったマジックアイテムを得る機会なんかほとんど無いんだよ。私がよしみを結びたくなるのも仕方ない話ではないか?」
「そんな堂々と、俺のレアアイテムを貪りたい、みたいなことを言われても」
「あはは、ちょっとで良いんだ。なんなら借りれるだけだっていい。私は個人的に研究をしたいだけだからな」
俺と仲良くしたいというよりは、俺の持っているであろう『レアアイテム』と仲良くしたいってことか。
まあわかりやすくはある。
ある意味でさっぱりしているところは好感すら抱いてしまう。
「わかったよ、仲良くやっていこう。こちらもあんたを利用させて貰う」
「良い返事だ。嬉しいよ」
「さっそくだが聞きたいことがあるんだ。リーリエ、あれを」
「はい」
リーリエは懐から紙を取り出した。
それを受け取り、俺はエフラディートに渡す。
「……なんだね、この紋章は」
「ちょっとした案件でね。この紋章の情報が欲しいんだよ」
その紙とは、リーリエの胸の中から出てきた武器に記されている紋章の形を模写しておいたものだ。
エフラディートのような知識人なら知っているかもしれない。
「見覚えはあるよ」
「あるのか!?」
「だが、スッと出てこない。んー、どこで見たのだったか……!」
考え込むエフラディート。
お茶を飲み、焼き菓子を口にし、だがやがて肩を竦めた。
「んー、んー、出てこないなー!」
「本当か? なんだかわざとらしいぞ?」
「ははは。まーそのうち思い出すこともある。気長に待っててくれ」
思い出せないと言い張られては仕方ない。
情報面で優位を取られているとやりにくいものだな。
「わかった。思い出したら連絡をくれ」
そう言って俺は、用は済んだとばかりにソファから立ち上がろうとするが。
「お待ちくださいコヴェルさま。まだ菓子が残っております」
「? 残しても問題ないだろう?」
「これはエルフ流の持て成しの作法です。親しくなろうという相手と、砂糖を使った焼き菓子と苦い苦いセイロブの葉のお茶を飲みつくす。甘さも苦味も共に経験するほど親しくなろう、という意味なのです」
ほう、そんな意味が。知らなかったな。
「相手は礼を尽くしてきています。こちらも礼に応えましょう」
「……なるほどコヴェル、キミは良い買い物をしたね。無知な主人へちゃんと忠言する良い子じゃないか」
「無知と仰らないでくださいエフラディートさま。これはエルフでも古い作法だと聞いております。普通の方が知らなくても不思議ありません」
「まあね、それはそうなんだ」
ニンマリ笑うエフラディートだ。
最初から用意済みだったということは、こいつ、俺と同時にリーリエのことも試しやがったな。ちゃんと俺に注進するか、見ていたに違いない。
「キミたちみたいなコンビなら、情報と仕事を流しても問題なさそうだ。良いことを教えよう、この街から北に歩いて半日、発見されたばかりのダンジョンがある。まだこれは一般に情報公開されてないものでね」
「……いいのか、そんな話を漏らしてしまって」
「せっかく来てもらったのに『何も得がなかった』と思われたら困るからね。ギルド長という立場を利用して仕事を渡そうと思ったまでさ。どうだい、悪くない関係を築けそうだろう?」
未踏ダンジョンの話は確かに美味しい。
悔しいが、これは頷くしかない。
「だが情報が一般公開されていないのには、少々困った理由もあってね」
「なんだその理由ってのは」
「そのダンジョン難度が、どうやらS級らしいんだよ」
S級だって!? 街から歩いて一日の場所にS級ダンジョン?
疑問に思ったのは俺だけではなく、リーリエも同じだったようだ。横で声を上げる。
「ありえません! S級ともなれば、普通は人里離れた秘境に生まれるはずです」
「何事にもイレギュラーというのはあるんだよリーリエ嬢」
この世界におけるダンジョンは突然発生するものだ。
昨晩までなにもなかった土地に、気が付けば
中には『トラップ』や『トレジャー』がなぜか設置されており、土地柄に応じた『モンスター』が徘徊していることが多い。
原因は、未だ不明。
ダンジョンの由来はわかっていない。
異界から現れる何者かの侵略拠点だ、と言う者も居れば、迷宮の形をした巨大生命体だ、などと言う者もいる。
解明されていないことだらけなれど、ダンジョンが冒険者にとって飯の種なのは確かだった。中には宝物が眠っており、様々な素材となるモンスターが徘徊しているのだ。一攫千金だって夢じゃない。
それに、ダンジョンから這い出てくるモンスターから旅人や商隊を護衛する仕事だってある。
――そう。ダンジョンからは、モンスターが這い出してくることがあるのだ。
つまり、S級ダンジョンが街の近くにあるということは。
俺がよほど剣呑な顔をしていたのだろう。エフラディートは軽く苦笑すると、どことなく他人事の風で応じてくる。
「そうだコヴェル、わかってるじゃないか。下手をすれば街はモンスター達の餌場になる」
俺は息を呑んだ。