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第3話

 ヘルムガドのスラムにほど近い、あまり環境が良いとは言えない場所。

 そこに俺の常宿はあった。


「ここも引き払わないとダメだな。二人で過ごすには狭すぎる」

「はぁ」

「気のない返事だなリーリエ。立ってないで座って貰えると嬉しいんだが、なんか落ち着かない」

「どこへ、でしょうか」

「まあその……、このベッドの上しかないのだけど」


 俺の言葉に彼女はあからさまな反意を見せて、むしろ一歩下がる。

 まだ信用されておらず警戒も解かれていない状態で同じベッドに座れ、ってのは無理があるか。

 さてどうしたものかな。

 彼女をベッドに横たわらせて、隠し部屋を探ってみたかったんだけど。

 まずは誤解を解かないと話にならないようだ。


「あのなリーリエ。さっきも言ったように、俺にはおまえを性的にどうこうする意思はないんだ」

「あくまで『隠し部屋』とやらを探すだけだ、と」

「そう。ホントそれだけだ」

「いったいなんなのですか、その隠し部屋というのは」


 リーリエは狭い部屋の隅に立ったまま、俺のことをジッと見ている。

 ベッドに座ったまま、俺は肩を竦めた。


「聞いたことないかな。ダンジョンの中とかにある、レアアイテムや宝石が眠っている秘密の小部屋のこと」

「確か一流の冒険者がときたま見つけることができる、という」

「そうそれ」


 俺が頷くと、彼女は目を細めた。


「その『隠し部屋』が私の中に? ちょっと意味がよくわからないのですが」

「そう、俺も意味がわからない。だけど俺は『隠し部屋の存在を見抜く目』を持っていてね」


 俺はそこで一呼吸置いた。


「だからおまえの中にそれがあることだけはわかる」

「からかってらっしゃる?」

「……わけじゃないのは、わかってもらえる?」


 俺がじっとリーリエのことを見つめると、彼女も長い耳をピンと立てて見つめ返してくる。ああ、その目が綺麗だ。ビー玉のような翠色。透き通ったガラス細工を思わせる。


「わかりません。どうも本気で仰ってるような気もしますが、信じきれません」

「そうかもな。俺も急に信じて貰おうなんて、虫が良かった。だからこうしてみたいと思う」


 マジックポーチから、彼女との奴隷契約を記した羊皮紙を取り出した。

 これが俺の所有物である限り、彼女は俺の奴隷だ。


「これをおまえにいったん預ける」

「えっ?」

「俺が嘘をついていたなら、好きに処分すればいい。おまえは自由だ。だけど、嘘をついていなかったなら、また返してくれ」


 そう言って、俺は丸めた羊皮紙を差し出した。

 リーリエは驚いた顔で、その契約書を凝視する。


「……手にした途端に破いてしまうかも」

「いや、おまえはそれをしない」

「なぜそう言い切れるのですか?」


 ――簡単だ。


「リーリエはプライドが高く、気高い。俺がおまえを信じて渡す以上、『ルール』を遵守するだろう」


 まず俺が信じてみせることで、彼女の行動は縛られるのだ。

 そういうこちらの意図も理解したのだろう、リーリエは、


「ズルい方ですね」


 そう言って近づいてきたのだった。


「ありがとう。おまえは奴隷にしておくのが勿体ないほど聡明だな」

「そう言ってくださるなら、その羊皮紙をすぐに燃やしてくださってもいいのですけど」

「やめておく。奴隷契約がないとリーリエの手綱を握って居られそうもない」


 契約の羊皮紙を渡したのちはスムーズだった。

 まず彼女には下着姿となって貰う。


「あ」

「? どうなさいました?」

「……いや。身体中、ひどいアザと傷だ」

「前のご主人さまが荒っぽかったので」


 無の表情で答えるリーリエだった。

 そんな扱いを常時受けていたのに、つらさを表に全く出さない。

 彼女は誇り高いのだろう。

 可哀そうに、と思ってしまうのがきっと失礼なくらいに。


 俺は無言でマジックポーチの中に手を入れる。

 取り出したのは深紅の液体が入った小瓶。

 俺にできることは、せめてこれくらいのことだ、と思った。


「綺麗ですね。これはヒールポーションでしょうか?」

「そうだ、まずこれを飲んでくれ」

「わかりました」


 液体を飲んだリーリエの傷がみるみるうちに回復していく。

 あっという間にアザはなくなり、傷もあとすら残らず完治した。


「びっくりしました。なんでしょうこれは、ただのヒールポーションじゃありませんね」

「エリクサーだな。ちょっとお高めの魔法薬ってやつさ」

「お待ちください。エリクサーは話に聞いたことありますが、確かちょっとお高めどころの値段じゃないのでは」


 んー。そうだな、まあ高い。

 だけど彼女に使ってもらえるなら、安いものだと俺は思う。

 彼女の心を癒せない今の俺には、身体を癒せるだけでも御の字だ。


「奴隷に使うようなものじゃありません」

「え?」

「舐められてしまいますよ、と言っているのです。奴隷に」


 叱られてしまった。

 さすがリーリエ、一筋縄ではいかない。


「……でもまあ、助かりました。痛かったので」


 って、あれ?

 申し訳程度に、でもしっかりそう付け加えたリーリエがそっぽを向く。

 おや、もしかしてこれは、ツンデレという奴なのだろうか。


 少しだけ、彼女に届いたのかもしれない。

 俺は思わず苦笑してしまった。


「なんですかコヴェルさま、ニヤニヤと」

「いやなんでもない。それじゃベッドに横たわってくれ、隠し部屋を探させて貰う」


 さあ、それでは『探索』の開始だ!

 横になった彼女に俺は手を伸ばす。

 まずはつま先から。


 彼女の中に『隠し部屋』があることは確信しているのだけれども、場所や開き方が皆目わからない。こういうことは経験したことがなかった。


 なので全身をくまなく探ることにした俺である。

 足首をさすり、ふくらはぎへと手を伸ばし、太ももへ。

 ピクン、と身体を震わせて反応するリーリエ。


「足開いて」


 太ももの内側を、丹念に調べる。

 すると彼女のブラとパンツが、しっとりと汗ばんできた。

 性的なことをしているつもりはないのだが、触るという行為なのでどうしても彼女の身体には負担を掛けてしまう。


 産毛すら生えてない皮膚の感触が手のひらにしっとりと。

 ベッドの上に乱れた金髪に隠れがちな長耳が、ほんのり赤くなってきていた。

 リーリエは目を瞑りながら、必死になにかを堪えているようだ。


 せ、性的なことをしているつもりはないのだが……、ごくり。


「性的なことをしたら……本当に破りますから」

「わわわ、わかってる! そうしてくれていい!」


 釘を刺されたような気がして飛び跳ねそうになった。

 いけないいけない。冷静になれ俺。


「見つかりそうなんですか、隠し部屋は?」

「あ、いや。……それが難しいんだ。部屋があるのはわかるんだが、いったいどこなのか。こんなことは初めてだ」


 太ももの付け根を、丹念に調べていく。

 見つかる気配がない。

 次第に俺は、これまでにない興奮を覚えてきた。この瞬間を楽しんでいた。


 性的な意味じゃないぞ?

 これまで、この『目』で攻略できなかった隠し部屋なんて存在しない。

 それは俺にとっての自慢でもあったし、矜持でもあった。


 難度の高い秘密ほど燃えるのだ。

 そして俺は知っていた、強固なプロテクトの掛かった隠し部屋であればあるほど、その中には特別なお宝が眠っているということを。


「コヴェル……さま、そんなところばかり触らないで、ください」

「そうだな。ここじゃない、きっともっと上の方」


 木綿のパンツを経由して、柔らかくて白いお腹に。

 汗ばんだ彼女のお腹を撫でていく。

 リーリエの息が荒い。我慢しているのだろうが、熱い吐息が時折り口から洩れていた。


 ◇◆◇◆


 なんだろう? とリーリエはこれまで感じたことのない不思議な快楽を覚えていた。

 コヴェルの手が、まるで皮膚の内側をまさぐっているような感覚。

 より自分の中心に近いところを今、触られているような気がしてならないのだ。


「近くなったな。もっと、もっとこっちか」

「んっ、……はぁ」


 手が胸に掛かる。

 コヴェルは確信した。ここか、と。

 リーリエは戸惑った。なにかが自分の奥底から溢れてきていることに。


「よし、ここだ」


 リーリエの胸に熱さが集中した。

 思わず彼女が目を開けて自分の胸を見ると、そこには信じられない光景があった。


「――え?」

「おまえの中に入るぞ」


 コヴェルの手首から先が、彼女の胸と胸の間に埋まっていったのだ。

 身体の中に、手を突っ込まれている。彼が言った言葉の通り、『リーリエの中に入って行く』


「な、なんですかこれ!?」

「見つけたよ、これがリーリエの中の隠し部屋」


 コヴェルは腕をもっと埋めていく。


「あぁあっ!? はぁぁん!」


 ひと際大きな声でリーリエは鳴いた。自分の奥底に、なにかが伸びてきた。

 頭の中にパチパチと火花にも似た衝撃が奔り、自分が知らない何かが溢れてくる。


「深くて、広い。おまえの隠し部屋は難解だ」


 それでもコヴェルは掴んだ。

 リーリエの隠し部屋にあった、それを。

 そして思いっきり引っ張り出す。


 リーリエは見た。

 コヴェルの手により、彼女の胸から引き摺り出されたものを。


 それは錆びた短剣だった。

 剣身がところどころ茶色に粉を吹いた短剣が、リーリエの胸の中から出てきたのだった。



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