商業都市ヘルムガドから南西に二時間ほど歩いた場所。
そこに新しく小さなダンジョンが見つかった。
発見報告された朝から向かったにも関わらず、すれ違いで帰ってくる冒険者の数が多い。そして皆一様に疲れた詰まらなそうな顔をしている。
どうやら今回は稼ぎの少ないハズレダンジョンだったようだ。
「よう、コヴェルじゃねぇか。今からダンジョンに向かうのか?」
丘陵を越えていた辺りで、すれ違う冒険者たちの一人に声を掛けられた。
A級冒険者パーティー『真実の翼』の面々だ。
話しかけてきたのはリーダーのアムド。
「あ、アムドさん。お久しぶりです」
「おいおい俺たちは同期じゃねーか、堅っ苦しい言葉遣いはやめてくれよ。まぁ確かに、俺はA級でお前は万年D級だが」
アムドはニタニタとした笑い顔を見せてくる。
『真実の翼』の面々も、俺を見下した顔でクスクス笑った。
「新しく出来たダンジョンの帰りですか?」
「あーな。まったく酷いダンジョンだったぜ、何処まで潜っても出てくるモンスターは低級ばかり。宝箱の一つもありゃしねぇ」
「そうでしたか……。だから皆、シケた顔をして街に戻ってるんですね」
アムドたち以外にもちらほら居る帰りがけの冒険者たちを見ながら、俺は残念そうな顔で頭を掻いてみせた。
「だがまあ、D級のコヴェルには丁度いいダンジョンだと思うぞ、安全だしな。低級モンスターの魔石でも数を集めたら数日分の夕食代にはなるだろ」
「そうですね。地道に頑張ります」
「くくく、そうだ地道にな!」
アムドは俺の背中をバチン! と叩くと、パーティーメンバーと共に去っていった。
いてて、馬鹿力で思いっきりやってくれたもんだ。
遠くなっていく彼らの背を見ながら、俺は呟いた。
「地道にいくさ、この『目』を使ってな」
自分がシケてるからって、俺まで一緒にされたら困るんだ。
――さっさと仕事を終えよう。
俺は周囲に誰も居なくなったことを確認して、マジックポーチから虹色のマントを取り出し身に纏った。
「大気と光の精霊よ、力を示せ」
魔力を込めると、みるみる間に身体が周囲の風景に同化していく。
『
俺が持つレアアーティファクトの一つ。ダンジョンで見つけたものだ。
「行くか」
魔力を込めて一歩を踏み出すと、地面にヒビが入った。
身体が強弓から放たれた矢のように飛び出し、風景が線になって溶けていく。
これは『
これらは全て、ダンジョンの『隠し部屋』から俺が見つけだしたものだ。
『隠し部屋』は、新しく生まれたダンジョンに大抵存在する秘密の間で、宝石や金貨、アーティファクトなどが眠っている。
アムドの奴は、俺が低級モンスターを狩って魔石狩りでもしにきたと思ってたようだが、違う。
俺の目的はこの、隠し部屋探し。
得意なのだ。
何故なら俺は、隠し部屋の存在を見抜く『目』を持っている。
ある時から目覚めたこの能力を、少しづつ育ててきた。
最初はぼんやり光って見えるだけだったのが、今ではだいたいの場所も特定できるレベルに成長させることができたのだ。
ダンジョンに着き、中層まで潜った頃にそれはあった。
いつも通り俺の目には、隠し部屋がぼんやり光って見える。
面白いもので、この光は目を瞑っても瞼の裏に映る。
あっちだな、と見当をつけた方向に向かって歩くと壁の一部が煌めいていた。これは俺だけに見える光だ。
壁に手を添える。
目で光の変化に注意しながら手のひらを動かしていくと、やがてスポン、と俺の身体は壁を通り抜けていた。
隠し部屋の中にあったものは、宝石と金塊の類。
まあまあかな、と俺は頷いてマジックポーチにそれらを入れた。
この『目』のおかげで、俺にとって実入りの少ないダンジョンなんてものはないのだ。
◇◆◇◆
「この役立たずめ! おまえを買うのに幾ら掛かったと思ってるんだ」
都市ヘルムガドへと戻り、冒険者ギルドの扉を開けたとき、中はちょっとした修羅場だった。
黄金の鎧に身を包んだ若い冒険者が、エルフの女の子を足蹴にしていたのだ。
「1万ゴールドだ、1万ゴールド。荷馬なら5頭は買えるような額だわかってるのか」
「あっ!」
黄金鎧が倒れた女の子の胸倉をつかむ。
見て気分の良いものじゃない。なるべく視界に入れないようにしながら、俺はギルドの受付へと進んだ。
「よおコヴェル、今日はなんだ。またアレか?」
「そうだアレだ。速やかに頼みたい」
アレとは、宝石などの換金のことだ。
周囲に見られないように、袋に入れた宝石や金塊をさっと渡す。
「今日も多いな。いつも通りの手数料は貰うぞコヴェル」
「ああ。おまえさんには感謝してるよ」
俺はギルド員の一人を抱き込んで偽名で換金をして貰っている。金貨はともかく宝石や金塊は、貨幣に替えないと使い道がないからな。
こうすることで、目立たずにD級のままで居られるのだ。
冒険者の級なんか、あがったところで大した得はないからな。
しがらみやギルド依頼の仕事が増えて面倒になるだけ。嫉妬も受ける。
俺の『目』があれば好きに稼げるんだから、楽な方がいい。
「おっと」
思わず声が出たのは、ギルド併設の酒場からカラになった樫のカップが飛んできたからだ。俺はそれを避け、飛んできた方を見る。
そこではまだ、黄金鎧の男がエルフの女の子を怒鳴りつけている。
女の子は頭を押さえていた。どうやらカップを投げつけられたらしい。
「でも、わたしは間違えてませんので」
「口答えするな!」
今度は中身の入ったカップを女の子に投げつける黄金鎧。
俺は受付の男に尋ねた。
「なんだあいつ?」
「あーな、S級冒険者ニードさまだよ。いつもの癇癪、よくあることさ」
「誰も止めようとしないんだな」
見れば黄金鎧の周囲には人が集まっている。
中にはギルドの職員も居るようだったが、一人として彼を止めようとする気配がない。
「止めようとすると、だいたいもっと意固地になる。ほとぼり冷めるのを待つのが、殴られてる彼女にとっても、俺たちにとっても最善なんだよ」
「よくある光景ってことか」
「そういうこと。ちょっと待て、書類を作ってくるから」
頼むよ、と返事をして受付カウンターに肘を掛けた。
そうだ、こういう光景は今までもたくさん見てきた。見過ごしてきた。
目立たぬことを第一にしている俺はなおさらだ。
「だいたいリーリエ、俺はおまえが事務能力に長けていると聞いたから高い金出して買ったんだ。それがどうだ、雑用程度で数を間違える」
「言いました。間違えたのではなく最初から少なかったのだ、と。ですから私は補充の時間を、と」
「口答えするなと言っただろ!」
声を荒げた黄金鎧が倒れている女の子を蹴飛ばした。
俺は思わず目を背けようとした。
女の子が暴力を振るわれているとこなんて見たいものじゃない。
だけど。
「おや?」
と声に出してしまった。
女の子は綺麗な金色の髪に長い耳、あれはエルフの特徴だ。
見た目の美しさとは裏腹にボロボロの衣服はところどころ破れて、腕も足も痣だらけだった。背は高い方ではないが、人間族の見た目で言うと18歳程度の姿か。――いや。
俺が『目』を奪われていたのは、そんなところじゃない。
『彼女の中』だった。
「あの子、身体の中に隠し部屋がある……?」
思わず呟いていた。
倒れたエルフの女の子、リーリエと呼ばれていたか? ――の中に、俺は見慣れた空間の気配を感じたのだった。
『隠し部屋』の存在を見抜く『目』。
このチカラは、転生者としての自分を自覚したその日から目覚めて鍛えたチカラだった。
そう、俺は転生者。
生前の記憶は、しがないサラリーマンのものだった。
仕事に明け暮れる社畜だったが、家で一人倒れたことが最後に覚えていたことだ。
『目』と『記憶』に目覚めてからは、田舎を飛び出して冒険者となった俺だった。
ダンジョンの中、忍び込んだ屋敷の中。
隠し部屋はこれまでも色々なところにあった。だけど。
「初めて見た。人の身体の中に、隠し部屋なんて」
思わず声に出してしまうほどに、俺は驚いていた。
アレはいったいなんなのだろうと、興味を惹かれてしまう。
彼女の隠し部屋は、どうやって開ければいいのだろう。
開けたらなにが出てくるのだろう。
想像するだけで胸がときめく、ワクワクする。彼女の特別感が俺の心を刺激する。
こんな心躍ったのはいつ以来だろう。なんとも言えぬ、始まりの予感があった。
だってそうだろう? 漫画みたいなシチュエーションじゃないか!
「今日こそは我慢できない、誰かこの奴隷を買わないか!? 5000ゴールドだ、5000でいい」
黄金鎧が声を上げる。
ギルド内がざわついた。
5000ゴールドは、日銭を稼ぐ多くの冒険者たちには大変な額だ。二年は暮らせる。当然、誰も買おうという名乗りを上げない。周囲のそういった反応を見て、黄金鎧は溜飲を下げたようだった。
「ふん、貴様らには荷が重い値段か。まあそうだろうな、S級の俺でも躊躇しかねない額だ。はは、俺も我ながら意地悪なことを言った」
けっ、と鼻白む冒険者たち。
結局のところ黄金鎧は、奴隷のエルフを売る気なんかハナからないのだ。
あれだけ怒っていたのにもう得意げな顔をしている黄金鎧に、白けた視線を周囲は向けている。
――そんな空気の中。
「買った」
思わず俺は声に出していた。
これまで目立たずに生きてきた。前世での経験上、うまく事を回した奴は周囲からの嫉妬を受けてロクな目に遭わないことを知っている。
だから俺はこの世界で金を持ってることも隠し、D級から上にも上がらずに、ひっそりと生きてきたのだ。なのに。
「買うよ、俺が買う。5000ゴールド、払おう」
初めて目立つことを選択してしまった。
突然宣言した俺は、周囲からの注目を一身に浴びてしまったのだった。