裏庭と呼ばれる場所に設えられた皇后陛下の『離れ屋敷』は、可憐な花々が咲き乱れる庭園の中央に静かに佇んでいた。
お屋敷というには小さすぎる箱型の建物で、皇后陛下は開放感のあるテラスに光を通す薄い天蓋のついた寝台を置き、ほっそりした身体を静かに横たえていた。
病でも患っているのだろうか。そばに白衣を着た女性の医官たちが三人も控えている。
案内係の侍女が耳打ちをしてセリーナの来訪を伝えると、すべらかな絹の夜着をまとった線の細い女性が医官の介添えのもとでゆっくりと身を起こした。
──痩せ細り、青白いその顔には血色が感じられない。
けれど薄いベールをかけたように白々とかがやく彼女の美貌は、
侍女の許しを得たセリーナは寝台のそばまで歩み寄り、身を低くして頭を下げる。
「皇后陛下にご挨拶申し上げます……」
たどたどしい、形だけの拝礼で咎められやしないかと不安になる。
それでも正式な拝礼のしかたなど教わったことがないのだから仕方がない、と自分を慰めた。
それにしても、皇后陛下ともあろう『雲の上のお方』が皇城入りしたばかりの侍女に何の御用があるというのだろうか。
だいいち、セリーナという侍女の名が知られていた事すら不可思議だ。
それなのに、皇后陛下の薄い唇から紡がれた言葉は──。
「セリーナ……ほんとうに、あなたなの?」
消え入りそうなほどにか細く、けれど心地良い調べのように澄んだ声が頭の上から降ってくる。
「ずいぶん大きくなって……。さあ、頭をあげて頂戴? わたくしに、お顔をよく見せて」
──お顔を見せて。
皇后様は、この醜い顔をごらんになってどう思われるだろうか。
せめて髪だけは人並みに整えてもらえて良かったと、アリシアに心根で感謝する。
「
セリーナは驚愕してしまう。
──こんな私を
皇后様は目がお悪いのでは……っ。
「あなたに会えて、良かった。ご両親は、お元気?」
「は、はい。両親も弟も……」
それ以上は口をつぐんだ。
弱々しく寝台に横たわる陛下に向かって『みんなぴんぴんしています』なんて豪語するのは気が引けてしまう。
「そう……弟さんも……。良かった」
それにしてもどうして陛下ともあろうお方が、自分や家族のことを知っているのだろう。セリーナの家族と帝国の雲の上の人が、いったいどこで、どう繋がったというのか。
皇后陛下を支えていた医官が「そろそろ横になられてくださいませ」と
再び寝台に身体を預けながら、陛下は小さく咳き込んだ。
すかさず傍に控えていた看護人がハンカチを口元に差し出す。
「あなたの名前を見つけた時は、驚いたのよ? こんな形で、あなたとまた会えるなんて……思ってもみなかった事だから」
──私の、名前を見つけた……?!
新たに雇われた使用人のリストか何かをご覧になったのだろうか。
──ちなみに私、当たり前だけど皇后様にお会いしたことなんてありませんよ? 小さい頃の記憶もないですし……両親だって村から一歩も出たことないですし……。
深まるばかりの謎に、セリーナは黙って首を傾げるしかない。
「まぁ、皇太子の白の侍女……? そう、あなたが……」
陛下の息遣いが唐突に荒くなった。
「ごめんなさいねセリーナ。でも
──そうなのです。
この不甲斐ない私が……何故だかわかりませんが、このような大それたお役目をいただくことになってしまいました。
こんな自分が宮廷の侍女だなんて。
なにやら得体の知れない申し訳なさで一杯になる。
「あなたのことは……よく
皇后陛下の
「皇后様っ、これ以上お話になられてはお身体に障ります!」
白樺の枯れ枝のように細く弱々しい指先がゆっくりと持ち上がり、医務官の言葉を制止する。
「わたくしの宝物……ひとり息子のことを、どうぞよろしく頼みます」
──ひとり息子って、カイル殿下のことですよね?
いくらよろしくと皇后様にお願いされてもっ。私には、どうすることもできませんよ……?
「
コホ、コホ、コホ、コホ
陛下の咳は止まらない。
「……っ……?!」
《シャルロット》というミドルネームをおおやけにした事は一度もなく、セリーナの家族以外に知る者などいないはずなのに。
──陛下は
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