セリーナの動揺をよそに、アリシアは視線を落として淡々と続ける。
「高額なお給金目当てで皇城にやってくる人もいますが、白の侍女のほとんどが皇太子殿下に対して《特別な想い》を抱えていると思います」
──特別な想いって、もしかしたら……ええ、きっとそう。
でなければ、こんなお仕事つとまりませんよね。
「皇太子殿下は、たとえ肩書きが同じ《侍女》でも《白の侍女》じゃなければ触れることはおろか、まともにお顔を見ることさえも許されない。運よく白の侍女になれたとしても、叶わぬ恋ですけれど」
セリーナの想像はどうやら正しかったようだ。
上級侍女に志願する女性たちは皇太子殿下に恋慕の情を抱いていて、皇太子の白の侍女として関係を深め、あわよくば見そめられたいと思っている……そういう事なのだろう。
アリシアのような素晴らしい女性が憧れ続けても、簡単には叶わぬ恋心の寂しさや切なさが、ほんのり紅く染まった頬から伝わってくる。
「あの、白の侍女たちはお互いに嫉妬しないのですか? 好きな人が同僚の侍女と、その……職務とはいえ夜を過ごすのは、平気なのですか?」
「嫉妬だなんてっ。私たちができる立場ではないです。皇太子殿下は雲の上の存在ですから、初めからそういう役割を担う者なのだと割り切っているのではないかしら」
もちろん私もよ、とアリシアが薄く微笑んだところで、
──トン、トン
唐突に扉を叩く大きな音が部屋に響いた。
「……どなたかしら?」
アリシアが入り口に向かい、両開きの扉の片方を開ければ、
「侍従長さま!」
扉の向こうに黒いタキシードを整然と着こなした大柄の男性が立っている。
分厚い壁のような体躯のせいで、首に巻かれた黒い蝶ネクタイがとても小さく見える。壮年の男性の髭を生やした精悍な顔立ちは凛々しく、威厳がすさまじい。
──建物の中でも手袋をしているなんて。
皇城で出会うもの、目に映るものはどれを取ってもきらびやかで、いちいちため息が漏れそうになる。
侍従長は扉口に出迎えたアリシアに向かって耳打ちをした。
「……皇后さまがですか?!」
シッ! 侍従長と呼ばれた男性が口元に人差し指をあてる。
「承知、いたしました」
眉根を寄せたアリシアが心配げにセリーナを見遣った。
侍従長まで睨むような視線を向けてくる。
──な、何っ?! さっそく私、知らないうちに
「裏庭の離れ屋敷に呼ばれたのですって、セリーナをご指名で……皇后陛下、直々に」
侍従長が無言のまま去ったあと、アリシアは呆けたように呟いた。
皇后陛下と聞いてもセリーナにはピンと来ない。
──えっと。
皇帝陛下の奥方様で、カイル殿下の実母様、ですよね……?
セリーナときたら相変わらずのボケっぷりである。
「皇后様にご指名を受けたのよ、セリーナ。あなた何か心当たりは?!」
ない、ない、あるはずない。
心が必死で叫んでいる。
「と……とにかく……その離れ屋敷、とやらに行ってみます」
皇宮に来て早々、皇后陛下にお目にかかるだなんてハードルが高すぎる。
皇族の前に出るための礼儀作法だって学んでいない。
もしも粗相に粗相を、無礼に無礼を重ねるような事態になってしまったら……!
──首を切られるかもしれない
恐ろしさで尻込みしたくなる気持ちを押さえこむ。
念のためアリシアに
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