「お茶を淹れましょう、その前にお湯を頼まなくちゃね。茶葉も色々揃っているのよ。セリーナはどれが好き?」
侍女部屋の片隅に立派な設えのパントリーがあった。
いつでも軽く飲食ができるようにとの配慮なのか、銀製のトレイに並べられた美しい菓子や、ミントを浮かべた水のピッチャー以外にも紅茶の茶葉やアルコールの瓶やグラスなんかも置いてある。
「私はよくわからないので、お任せします」
パントリーの飲み物や菓子はどれもこれもがセリーナには真新しく、茶葉の一つを取っても初めて目にするものばかりだ。
皇城で過ごす初日の今日、着替えを済ませたあとは夕食の時間まで何をしていても良いとのことだった。
「アリシアはお城のことに詳しいのですね。大広間から使用人の居住棟までの行き方もご存知でしたし」
十種類ほどの茶葉を物色する手を止め、綺麗な面差しが「え?」と振り向いた。
「私は数年前にも皇城で侍女をしていましたから。もちろん上級侍女ではなかったですけれど」
「白の侍女って言われても正直まだよくわかりませんが、アリシアは堂々としていてとても素敵です」
「ふふっ、ただ気が張っているだけよ。でも私にわかることなら何でも聞いてくださいねっ」
ふわりと優しく笑んだあと、茶葉に視線を戻したアリシアは呟くように言う。
「実は私……前回の任期を終えてから何度も志願をして、やっとこの職務に就けましたの」
──このアリシアが、何度も志願……?
宮廷侍女の経験を持ち、治癒能力もあるアリシアが何度も志願したなんて。
村の若者たちの言葉を借りるなら『セリーナ
「宮廷侍女として奉公するうちに、いつか白の侍女になって、皇宮で皇太子殿下にお仕えできたら……って、思うようになって」
アリシアは遠い目をしている。
「でもっ、宵のお仕事つきですよ……?!」
そんなものにずっとなりたかったのですか。
思わず口から出そうになった問いかけの言葉を、ぐ、と飲み込んだ。
「ええ、両親には反対されました。年齢も年齢ですし、両親は少しでも早く結婚させたかったみたい。でも一次採用の通知をいただいたとき、私の熱意に負けて許してくれました──皇宮にお仕えする上級侍女の肩書をいただくのは、女性として
『皇宮』とは、皇族の一家や招かれた要人のみが住まう特別な場所である。
皇族の日々の世話を任されるのは、三百人を越す侍女たちの中でも『白の侍女』である上級侍女とベテランの指導官たちだけだ。
それで《はくがつく》というのは、皇族のそばで力量を発揮できる者として認められたということだろうが、セリーナにはよく理解できなかった。
「宵のお世話と言っても皇太子殿下は『禁忌』を抱えてらっしゃるので、間違っても私たちが懐妊するようなことはありませんし」
「禁忌、って」
「あぁ……ええ。セリーナにもそのうちわかると思います」
アリシアは意味ありげに顔をそらせたのが気になったが、そのうちわかると言うのならおとなしく待とうと思った。
──宵のお世話、すなわち皇太子殿下の夜伽役。
カイル皇太子殿下は次の皇帝となる方ですし、そこらへんの男性とは次元が違うのでしょうけれど……伽行為を飛び越して懐妊するとかしないとか、私にとっては異次元の話です!