──エライザが、どうして……っ
アベルに抱き寄せられたところを見られたのではないか。
そんな不安が押し寄せて血の気が引き、指先がすっと冷たくなる。
「押しがちょっと弱かったような気もするけど、まあいいわ」
敵意に溢れた目でセリーナを見下ろすエライザを横目に、アベルはようやく顔を上げてみせる。
「アベルったら、あなたのその
エライザは戸惑いを見せるアベルの腕を組み、甘ったるい視線を彼に向けている。
取り巻きの子たちはセリーナを見ながらクスクスと含み笑いを繰り返していた。
「私とアベルは付き合っているの。それなのに彼、あなたの気味の悪い目を、本気でキレイだなんて言うのよ!? だから手紙を出させて、抱きしめるところまで漕ぎ着けたら許してあげることにしたの」
「エライザ……何を言っているのか、私、意味が……っ」
──当人のアベルは?
エライザの理不尽な言い分を認めるはずがない。
たとえ一瞬でも心惹かれたことがある人を──アベルを信じたい。
そして砂のかけらほどの小さなものだったけれど、アベルに期待した自分の気持ちを信じたかった。
「ねぇ、セリーナ。あなたやっぱり馬鹿よね? 好きな人から手紙をもらって喜んで、のこのこやってきて。でも少しはいい思いをしたでしょう? 一瞬でもアベルに抱きしめてもらったんだから」
視線を斜めに落としたまま、アベルは淡々と言葉を続ける。
「セリーナ……君を巻き込んでしまったのは謝るよ、悪かったと思ってる。僕が君に言った事は本当だが、エライザにはそばに居て欲しいから」
耳を疑った。
アベルはそんな事で人を騙して、おとしめたりする男だというのか。
この村一帯の地主の息子で、けれど弱き者を軽んじることなく公明正大に物事を見極め、正義感が強く、優しい人だったはずだ。
女の子たちが憧れるアベル・フレイバン……セリーナだって例外ではなかった。
なのにこの男は、エライザの陰湿な提案に同調するほどのクズだったというのか。
──だめだ、もう笑えないっ!
気付けば駆け出していた。
エライザや取り巻きの子たちは、いったいどんな顔をしてアベルと自分のやり取りを見ていたんだろう?
そして何よりも、いい歳をした大人だというのに、なんて
誰の顔も見たくない、ここにはもう一秒もいられない。
──『こんな
薔薇園を抜け、表通りに出るとすぐ傍に役場がある。
衝動的に役場に駆け入り、和やかに談笑している最中の村長に向かって叫んだ。
「出願書類をください!」
いきなり飛び込んできたセリーナの剣幕に、その場にいた者たちが一斉に目を向ける。
「おや、セリーナ?! 君が役場に来るなんて珍しいじゃないか。出願書類って……」
「宮廷に、出すものです」
「使用人公募のアレだね? ちょと待って」
小さな丸眼鏡をかけ直しながら、白い口髭を蓄えた物腰の柔らかそうな村長は机に積まれた白い封筒の中から一枚を取り、セリーナの震える白い手に差し出した。
「書けたら持っておいで。三日後の夕刻が期限だ、遅れないようにね」
狭い役場の中には役場勤めの男性数名の他に、もうひとり、村の人間がいた。
目鼻立ちの整った綺麗な女性で、胸に大きな白い封筒を抱えている。
「まさかセリーナ、あなたもっ……宮廷の使用人に志願するっていうの?!」
──見られていた。
セリーナ