美しい青年が寝台であぐらをかいている。
月明かりが照らす蒼白なシーツの上で、綺麗に折りたたまれた二本の長い足がしなやかな曲線を描いていた。
ラフなシャツにトラウザーズといった軽装だが、彼が纏う衣服の
「おいで」
低いがよく通る美声の主は妖艶な笑みを浮かべながら、膝と膝のあいだを長い指先でトントンと叩いて見せた。
──まさか、お膝のあいだに座れと……?!
中庭の温室で初めて会ったあの日。
噴水の縁に身体を預けたこの青年——カイル皇太子殿下——が、同じ仕草をした時のことを今でもよく覚えている。
──隣に座るだけでもあんなに緊張したのに。お膝のあいだに座るなんてハードルが高すぎます……っ
セリーナがなかなか応じないので、寝台の上に鎮座する美貌の皇太子はアイスブルーの瞳に悪戯な笑みを滲ませながら大きく両腕を広げた。
「寝台の上で遠慮は無用だ。ほら、おいで?」
──ま、まじでやばいです。心が……《無心の心》が役に立ちません……っっ
「あの……後ろ向き……それとも向かい合わせ、に?」
消え入りそうな声で問えば、「なんでもいいから早く来い」と若干の苛立ちを孕んだ声に一蹴された。
このままでは世に名を馳せる《冷酷皇太子》を
セリーナはすっかり床に張り付いてしまった足を無理やりに引きはがす。
とたん、天蓋付きの巨大なベッドの真ん中であぐらをかいていたはずの皇太子の腕が伸びてくる。
あっ、と声をあげる間もなく——セリーナの華奢な身体は
体制を整え、向かい合わせになって皇太子の膝と膝のあいだに座ると、形よく筋張った手のひらがセリーナの腰元に回される。
そのままぐいっと腰を引かれれば、互いの胸と胸とが密着しそうなほどに接近した。
──距離が……きれいなお顔が近いっっ。
ふん、と息をついた皇太子の
口元に浮かべた
そんななかで紡がれた皇太子の艶のある低い声。
耳元でささやかれたので思わずのけぞってしまった。
言の葉は強引だけれど、
「今度はちゃんと断っておく……もう殴られるわけにはいかないからな。今夜こそ私はお前を抱く。抵抗は許さない」
──どうしよう!?
鼓動がはがねのように胸を叩く。
──拒否してしまえば今度こそ
諭すような言葉と凛々しい腕に囲まれて逃げ場を失ってしまったセリーナはさすがに覚悟を決めたのか、うつむいたまま消え入りそうな声で応じる。
「………はい。仰せのままに」
セリーナの言葉が終わると、すぐに皇太子の大きな身体がのしかかってきた。
不意打ちのように耳朶を甘噛みされ、思わず小さな声が漏れる。
「や……っ……?!」
驚いて身体をよじったが、並の男性よりも上背のある皇太子とは二十センチ以上も身長差がある。並の女性よりも小柄なセリーナが少しだって抵抗できるはずもなかった。
耳朶に続いて首筋に柔らかいものが触れる。ちゅ、と卑猥な音を聞けば、ぞわりと背筋があわだった。
ほぼ同時に右側の胸が大きな手で包まれる。薄い夜着ごしに皇太子の手のひらの熱がじんわりとセリーナの肌に伝わった。
──皇太子は左利きだ。
なんて、どうでもいい思考が巡る。
慣れた所作で身体に触れてくる皇太子は、他の侍女たちの経験談に違うことなく、やはり《口づけをしない》のだった。
「く……ぅ」
唇の代わりに首筋に落とされるキスの雨。
同時に、あけすけな夜着のレースの上から胸の頂きを優しく摘まれると、予想だにしなかった刺激の強さに声が口から溢れ出そうになる。
「んぅ……!」
はしたないと慌てて呼吸ごと飲み込んだ。
それを見抜いた皇太子が夜着の上からすでに固くなった頭頂をいたぶるようにくにくにと弄る。
「や、だ……っ」
初めての刺激に呼吸を荒くしたセリーナは懇願するように瞳を潤ませ、皇太子を見上げた。
「お前が嫌がっているのは知っている。だが許せ。これは私とお前の責務なのだ」
夜伽は『白の侍女』に課せられた《責務》だと
けれど──嫌がっていると知っていて尚それを強いる皇太子本人が何故『許せ』と言ったのか。この行為を責務だと呼んだのか……セリーナにはわからなかった。
それでもどうにか抵抗を示そうとして言い放った「嫌だ」という言葉はきちんと皇太子の耳に届いたようだった。
おもむろに半身を起こした皇太子が
──良かった、許してもらえそう……っ
皇太子のために集められた見目麗しい『白の侍女』は二十人もいるのだ。しかもセリーナ以外の皆がこの鬼畜な責務を待ち望んでいる。
皇太子だって嫌がっているセリーナに無理強いする意味もないだろう。
大剣を振るうべく鍛えられた筋肉質な体躯に月の光が青白い影を落としている。
まるで美術品を眺めているようなその光景は筆舌し難いほどに
「なんだ、可愛いじゃないか?」
ふ、と目を細めた皇太子は妖狐のような薄い笑みを浮かべている。その視線が刺さるようで、セリーナは無意識に両腕で自分の身体を掻き抱いた。
「そっ……そんなふうに、見ないでください……」
「隠されると余計に見たくなるものだぞ?」
「じっと見られたら……困ります」
「夜着の上から見るだけで困ると言うのなら」
もっと困らせてやろうか。
そう言わんばかりの皇太子の双眸は、強い欲情の光を放ちはじめていた。
自分の身体を抱きしめて可愛い抵抗を重ねているセリーナの腕を難なく引き剥がすと、か細い手首を掴んで頭の上に縫い留める。
「なっ!?」
てっきり許してもらえると思っていたのに、肩透かしを喰らったようだった。
「昔から男女の交わりは互いに一糸纏わぬものと決まっている。初心だとはいえ、知らぬとは言わせないぞ」
防御が外れたところに長い指先が伸びた。
すべらかな肌に手のひらを這わせながらセリーナの夜着をするりと捲し上げると、固く閉じた両足が白い腿まであらわになる。
あまつさえこれでもかと見開かれたセリーナの二つの瞳には、恐怖の色が滲んでいた────。
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