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64. 次元牢獄

「ハーッハッハッハ! 女神の手下どもめ、我らの怒りを思い知れ!」


 漆黒のサイバースーツに身を包んだ大柄な男が、紫色の光に包まれながら上空からゆっくりと降りてくる。その禍々しい姿はまるで魔王が降臨するかのようにすら見えた。


 あっ……。


 ソリスは男の顔を見てつい声を漏らす。それはジグラートで戦ったテロリストだった。確かにシアンが息の根を止めたはずなのに、なぜ復活しているのだろうか?


 ソリスはその得体の知れない邪悪な存在の復活に、冷や汗がじわりと額に浮かぶのを感じた。


「休んでもらおかしら」


 珍しく怒りを露わにしたイヴィットは、空間を裂いて黄金に輝く弓矢を取り出すと、ためらうことなく男の心臓に向けて放つ――――。


 バシュッ!


 美しい緑色の微粒子を振りまきながら、風を切って男へと一直線に突き進む黄金の矢。その輝きはまるで、煌めく彗星のようだった。


 しかし、男はニヤリと笑うとフッと消えてしまった。一瞬辺りにチラチラと無数の気配を感じたが、それもまた消えてしまう。


「えっ!?」「ど、どこ……?」


 突然の消失に一行は動揺し、顔色を失った。戦闘中に敵を見失うなんてことは、あってはならない重大なミスだった。訓練中に何度もシアンのゲンコツで戒められたのに、実戦でやらかしてしまった自分の不甲斐なさに、ソリスは口をキュッと結んだ。


「なんだ、どうしようもないド素人だな……」


 男は一行の背後で腕を組み、仁王立ちして不敵に鼻で嗤っていた。その表情には明らかな余裕が見受けられる。これはいつでも自分たちを瞬殺できる、という意味なのだろう。


「くっ……」


 驚いて振り返ったソリスは奥歯をギリッと鳴らした。


 確かにシアンとの戦闘訓練ではよくやられた技ではあったが、実戦の緊張の中ではそれを生かすことができなかった。


「女神はこんなおばさんたちをどうしようって言うんだ? 余程の人材難だな、ハッハッハ」


 ソリスはそんな挑発を受け流す。戦場では平常心を失ったものから死ぬのだ。深呼吸をしたソリスはポケットから太い万年筆のような金色の短い筒を取り出すと、ポチッとボタンを押した。


 ヴゥン……。


 電子音が響き、筒の先から漆黒の炎が噴き出してくる。炎は徐々に強まり、やがて暗黒の刀剣を形作った。これはシアンから卒業祝いにもらった、空間を斬り裂ける万能の剣だった。


『フォーメーションCの5!』


 ソリスはテレパシーでフィリアとイヴィットにサインを送る。


『K!』『K!』


 二人はキュッと口を結び、戦闘態勢に入った。


「何言ってんのよ! あんたなんか子ネコにやられたくせに!」


 ソリスはクルクルッと漆黒の剣を回すと男に向け、挑発的な笑みを見せる。その笑顔には先ほどとは打って変わって自信と余裕が満ちていた。


「お、お前……なんでそれを……。あっ! お前あの時の……」


 男の顔色がみるみる変わり、その瞳には言葉にできない感情の嵐が渦巻く。


次元牢獄クオンタムバインド!」


 その瞬間を待っていたかのようにフィリアの腕が弧を描いた。その軌跡に従うかのように、琥珀色に輝く微粒子が男の周囲に幻想的な光の壁を築き上げていく。これで男は逃げられない。


鷹眼神射デッドアイ・ショット!」


 イヴィットの指先から、翠玉のような光を纏った矢が放たれた。その瞬間、花畑の空気が震える。


 輝く軌跡を描きながら、美しくも危険な光の筋が空間を切り裂き、まるで生き物のように矢は男の心臓めがけ飛んで行く。


「くっ! 小癪こしゃくな!」


 男は顔をしかめながら空中に青く煌めく魔法陣をパパパッと展開し、矢から守ろうとしたが、鷹眼神射デッドアイ・ショットは巧みに回避して、そのまま男へと突っ込んでいった――――。


 チッ! うりゃぁ!


 右のこぶしを赤く輝かせた男は、矢の進路を見据えた。次の瞬間、こぶしが矢を捉え、粉々に砕け散る。


 バァン!


 爆発音が花畑にこだまし、周囲の静寂を一気に破った。


「くはは、残念でした!」


 男が笑った時だった――――。


 ソイヤー!


 矢の着弾を見計らって男の背後に転移したソリスが、間髪入れずに漆黒の剣で男の背後をけさ切りにした。


 ザスッ!


 確かな手ごたえを感じたソリス。究極の剣は、まるで天の意志そのものであるかのように空間を切り裂き、罪人に裁きを下した。仲間との絆が生んだ、この上ないチームプレーの勝利の瞬間に見えた――――が。


 ぐほぉぉぉ!!


 なんと、血を吐いて倒れたのはソリスの方だった。


 背後にはけさ切りによる深い傷が走り、その傷口からは血が溢れている。ソリスは苦痛に顔を歪めながら、色鮮やかな花畑にその体を預けた。


「馬鹿が! お前らド素人の手の内なんて全部わかってんだよ。はっはっは!」


 嘲笑う男が背中から下ろしたのは、星屑を閉じ込めたかのような透明なシールド。その内側では、黄金の微粒子が舞い、神々しい輝きを放っていた。これこそが、あらゆる攻撃を反射する、まるで天界から持ち出されたかのようなこの世ならぬチート防具だったのだ。




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