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61. 失われた夢の欠片

 それから一カ月――――。


「え~? こないな所にお花畑なんかあるんかいな?」


 フィリアは怪訝けげんそうな顔をして、シャトルから辺りの景色をキョロキョロと見回してみる。しかし、そこには鬱蒼と茂る未開の大樹林が広がるばかりだった。


「ふふっ、フィリアはまだまだね。ちゃんと情報理論学んでたのかしら?」


 ソリスはシャトルの操縦桿をゆっくりと倒し、青空に大きな飛行機雲の弧を描きながら思い出のお花畑を目指した。


 三人は無事シアンの特訓を終え、卒業の免状をもらって里帰りに来ているのだ。緊急事態の呼び出しが来るまでは好きに暮らせるので、まずはセリオンのお花畑へとやってきている。


 眼下に広がるのはただの原生林、しかし、ソリスにはこのリバーバンクスの北の山に隠された大切なお花畑が、なんとなくうっすらと見えているのだ。


 徐々に高度を落としていくと『ヴゥン』という電子音が響き、刹那、壮大なお花畑が眼下にブワッと広がった。


「うわっ! なんやこれ!」「あらまあ、えらい綺麗やわぁ……」


「ふふっ、ここが目的地よ。龍の結界で守られているのね」


 色とりどりの花が咲き乱れる広大なお花畑。その中に小さく三角屋根が見えてきて、ソリスの胸に熱いものが込み上げてきた。最後の別れの日、瓦礫と煙に包まれていた愛しの我が家。それが今、往年の姿でたたずんでいる。ソリスの胸に、安堵と喜びが温かな波となって押し寄せてきた。


 セリオン……。


 ソリスは指先で涙をぬぐうと画面をパシパシと叩き、着陸態勢に入る。


「当機は最終の着陸体制に入ります。どなた様も今一度シートベルトをお確かめくださーい!」


 ソリスはシアンの真似をして、計器を見ながら着陸場所の見当をつけた。


「着陸するならここよね……、それっ!」


 そこは二人で薪割りをした思い出の空き地……。楽しかった思い出の数々がソリスの胸に去来する。


 ゴォォォォ!


 エンジンが盛大に逆噴射をしながら、三角屋根の隣の空き地に向けて徐々に高度を下げていく。


 いよいよやってきた愛しの我が家。セリオンは無事だろうか? でも、この世界線ではセリオンはまだ自分とは会っていないのだ。あの二人で過ごした楽しい夢のような日々を、もう自分しか覚えていないと思うととてもやるせなくなってくる。


 それに……。少女の姿でしか会ったことがないのだ。前回と同じように温かく迎えてくれるだろうか? ソリスの胸中に不安が渦巻く。


『着陸シーケンススタート! 十、九、八……』


 自動音声が流れてきた。AIが機体を安定させ、派手にエンジンを噴射しながらゆっくりと着陸目標へと降りていく――――。


「ほぉぉ」「うわぁ……」


 フィリアとイヴィットはお花畑にたたずむ可愛い三角屋根の家を見ながらため息を漏らす。それはまさに理想的なスローライフの一軒家だったのだ。


 ズン! と、着陸の衝撃がシャトルを揺らす。


『着陸完了! お疲れ様でした』


 パシュー! キュルキュルキュル……。


 エンジンが止まり、各種機構が着陸モードへと自動で変更していった。


 バシュッとドアを開け、ソリスはタラップを降りていく。懐かしい花畑を渡るかぐわしい風、爽やかな高原の日差し、それはまさにセリオンと暮らした夢の暮らしの景色そのままだった。


 手で日差しをさえぎり、家の窓を見れば金髪の少年が心配そうにこちらを見ている。


 セ、セリオン……。


 ソリスの心臓がドクンと高鳴った。最後に嘘を言って家を出てきた時の、そのままのセリオンがそこにいる。


 あ……。


 思わずソリスは手を伸ばし、そして力なくうなだれた。


 あの時のセリオンではないのだ。そして、自分はアラフォー……。


 ソリスはキュッと口を結んだ。


 本来ならこんな所へ来てはいけなかったのかも知れない。


 ここは少女ソリスと少年セリオンの神聖な地、あの輝かしい季節のための場所なのだ。アラフォーの自分がその二人の思い出の地をけがすことになってしまったらどうしよう……。涙が自然と湧いてくる。


『どうしよう……、引き返そうか……?』


 ガックリと肩を落とすソリスの脳裏に気弱な想いが駆け巡った――――。


「おねぇちゃーん!!」


 その時、セリオンの溌溂はつらつとした声がお花畑に響き渡る。


 え……?


 ソリスは驚いて顔をあげた。そこには風を切って全力で駆けてくるセリオンの輝くような笑顔が見えた。


「セ、セリオン……? どうして……?」


 驚き、固まるソリスにセリオンは無邪気に跳び込んでいく。


「遅いよ! おねぇちゃん! ぼく、ずっと待ってたんだよ?」


 セリオンはソリスの白いブラウスに顔をうずめ、涙を流しながら訴えた。


「お、覚えて……いるの?」


「シアンさんがね、特別にって記憶を残しておいてくれたんだ」


「そ、そうなのね……師匠……。うっうっう……」


 セリオンを抱きしめるソリスの目に、堰を切ったように涙が溢れ出した。失われた夢の欠片が、まるで割れた鏡が元の姿を取り戻すかのように一つになっていく。ソリスの頬を伝う涙は、喜びと感謝の結晶となって、二人の魂を優しく包み込んだ。


 再会の喜びに胸を震わせながら、しばらく二人は花畑を渡る風に吹かれていた。高原のさわやかな風は懐かしい記憶の欠片を運んでくる。一緒に美味しいものをほお張り、森を探検し、たくさんたくさん笑った――――。


 互いの体温を感じながら、二人は無言のまま、数多の奇跡がもたらした魔法のような瞬間を味わっていた。


 良かった……。


 ふんわりと香ってくる優しいセリオンの匂いを胸いっぱいに吸い込み、ソリスは自分を取り巻くすべてに感謝をささげる。そして、心の奥底から湧き上がる幸福感に身を委ねた。


 フィリアとイヴィットは二人の幸せそうな姿をうらやましそうに見ながら微笑み、そして、そっと涙をぬぐった。


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