案内された二階の個室にはすでにメンバーが揃っており、不機嫌そうな女神とすでに酔っ払って楽しそうなシアンがバチバチと火花を散らしていた。
「遅いよ! 子ネコちゃん! きゃははは!」
水を打ったような会場の緊張感などどこ吹く風、マイペースに笑うシアンにソリスはドン引きである。
「じ、時間通りなんですケド……」
ピリピリとした雰囲気に気まずさを感じながら、ソリス達は案内された席に着く。
「それじゃあ、うちの弟子二号がぶっ壊した星の再生にカンパーイ!」
勝手に乾杯の音頭を取るシアン。
みんな渋い顔でお互いの顔を見合いながらジョッキを掲げた。
「かんぱーい」「かんぱーい」「かんぱーい」
ソリスは一口ビールを飲むと、後ろの席で渋い顔をしているアラフォーの男性に小声で聞いてみる。
「あのぉ、何があったんですか?」
真面目そうな男性はひそひそと
「シアン様がね、ホルモン二十人前頼んで、女神様が怒ったんですよ。彼女ホルモン嫌いなので」
はぁ……。
「そしたら『好き嫌いすると大きくならないよ』ってシアン様が挑発して大ゲンカですよ」
肩をすくめる男性。
「『大きく』って、何が大きくならないんですか?」
「さぁ? あの二人を止められる者なんてこの世にいないから大変ですよ。下手したら地球ごと消し去りかねないし……。毎度ビクビクですよ。今回は窓直すくらいで済んで良かった……」
男性はガックリと肩を落としため息をついた。
「えっ!? あなたが直したんですか? すごいですね!」
「大したことじゃないですよ。毎度のことなんでだいぶ慣れちゃいました」
苦笑して首を振る男性。
ソリスはホルモンの注文数で怒る創造神の短気さはどうかと思うものの、それを分かっていて挑発する師匠の
女神の方をみると不機嫌そうにナムルをつまんでいる。
「何よ? 文句ある?」
女神はソリスをジロッとにらんだ。
「も、文句なんて滅相もないです。今回は仲間も生き返らせていただいて感謝しております」
ソリスは慌てて居住まいを正す。せっかくのパーティなのにとばっちりなど勘弁してほしかった。
「感謝なら僕にしてよね。クックック……」
シアンは横から煽り、美味しそうにジョッキをグッと傾ける。
再度不穏な空気が部屋に満ちてしまい、何とかせねばとソリスは切り出した。
「あ、あのぉ……。女神様は何を期待されて私を転生させたんですか?」
「ん? あんた? あー、組織のために自己犠牲するのをなんだかすごく後悔してなかったっけ?」
女神は琥珀色の瞳でソリスの顔をのぞき込む。
「そ、そうです。会社のために無理して身体壊しても会社は何もしてくれませんでしたから」
女神はうんうんとうなずき、にっこりと微笑んだ。
「そういう『組織に縛られないぞ』という人があの星には要るのよ。あんた達もね」
フィリア達を指差し、女神はジョッキをあおった。
三人はお互い顔を見合わせる。あの星はどこの国も絶対王政の敷かれている王様たちの支配する国だ。これに縛られないということはもはや反政府勢力になってしまう。
「え? それは……、王様を倒せって……意味ですか?」
ソリスは恐る恐る聞いてみる。自分がクーデターを起こすために送り込まれたとすると、とてもきな臭く感じたのだ。
「倒せなんて思ってないわ。ただ、組織に縛られない伸び伸びと楽しい生き方をしてもらうことで、周りの人に気づきを与えて欲しかったのよ」
「はぁ……。王様のための社会ではダメなんですね」
「息苦しい社会では活気が失われてしまうのよね」
女神は肩をすくめる。
ソリスはうなずいた。女神は多くの人に元気に自由に生きて欲しいのだ。
「なるほど! 女神様は多くの人に伸び伸びと生きて欲しいんですねっ!」
ソリスは創った笑顔でグッとこぶしを握り、ここぞとばかりにヨイショする。
しかし――――。
「いや……、それは宇宙の意志なのよ」
女神はつまらなそうに首を振った。
え……?
ソリスは全知全能であるはずの創造神の意外なボヤきに言葉を失う。この世界の頂点に何の不満があるのかソリスには分かりかねた。
「中間管理職は辛いよね。うししし……」
シアンが横からチャチャを入れる。
「あんたは黙ってな!」
女神はサンチュを一枚摘むと、まるで紙飛行機のようにシアンに向けて鋭く投げつけた。
しかし、シアンはパチンと指を鳴らすとサンチュを空中でぴたりと止め、ニヤッと笑う。
え……?
ソリスは異常な二人のやり取りに眉をひそめた。物理法則の通用しないこの二人のやり取りにどう突っ込めばいいのか思わず息をのむ。
シアンは目の前に止まったサンチュにパクっとかぶりついて、美味しそうにそのままもしゃもしゃと食べてしまう。
「草は美味いねぇ……。で、我が弟子よ、この世界はなぜ作られたかって……覚えてる?」
シアンはサンチュをビールで流し込みながらソリスの瞳をのぞきこむ。
「え……? あぁ……、AIが退屈しないように……でしたっけ?」
「そう! AIにとってつまんないことやるような世界じゃ、作った意味がないから捨てられるってことだよ」
「す、捨てられる!?」
ソリスはこの世界が捨てられる可能性があることに驚かされた。それではまるで劇の舞台ではないか。上演される演劇がつまらなければスポンサーによって打ち切り。まさかこの世界がそんなエンターテインメントの世界だったなんて、全く思いもしなかったソリスはゴクリと息をのんだ。