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55. 誇れる人生

 やがて紫色の微粒子は渦を巻いて集まり始め、徐々に形を持ち始める。


「一体何の用?」


 ソリスはふわふわと身体が浮いてしまう中、ゆっくりと大剣を引き出し、険しい顔で構えた。


「そろそろ呪いが欲しくなった頃だろ? くふふふ……」


 まるでホログラムのように、空中にゴスロリ少女の白い顔が浮かび上がる。その不気味な濃い化粧にソリスは何度も殺されたことを思い出し、ジワリと冷や汗が浮かんだ。


「また若返りの呪いをかけようっていうの?」


「そうさ、若さは誰しも求める甘美な果実……。お前も硬く弾力を失ったその身体では辛かろう……。くっくっく……」


 ソリスはギリっと奥歯を鳴らす。確かにあの少女のしなやかで瑞々みずみずしい身体はエネルギーに満ち、夢のような体験を与えてくれた。


 しかし――――。


「要らないわ」


 ソリスは大きく息をつくと静かに首を振った。


「あら? 何を意地張ってるの? 素直になりなよ」


 ゴスロリ少女は意外そうに首をひねる。


「確かに若さは魅力よ。でも、私はこのくたびれた身体に愛着があるの」


「フンッ! そのシワだらけの身体でどうするんだい?」


「あらシワだって悪くないわよ。このシワの一つ一つが四十年生き続けた勲章なんだから」


 ソリスは微笑みを浮かべながらそう言うと、チャキっと大剣を構え直した。


「チッ! 度し難いバカだよ!」


 ゴスロリ少女は吐き捨てるように叫ぶと両手をバッと上へ伸ばす。刹那、空間に無数の漆黒の短剣が浮かび薄紫色の輝きをまとった。


「バカはお前だ!」


 ソリスは大剣にレベル135の青く輝く剣気を纏わせると、そのままゴスロリ少女へ向けて放った。


 ソイヤー!!


 まぶしく輝きながら闇を舞う剣気――――。


 ひっ!


 避けようと思ったゴスロリ少女だったが、そのすさまじい剣気の素早さに間に合わず、一刀両断にされた。


 ぐふぅ……。


 光の微粒子へと分解されていくゴスロリ少女――――。


 お、おのれぇぇぇぇ……。


 怨嗟えんさの声が暗闇に響き渡った。


「昔の私とは違うのよ、ふふっ」


 ソリスはニヤッと笑う。手こずっていた頃のレベルは90、今は135、この圧倒的な差をゴスロリ少女は把握しきれていなかったようだ。


 光の微粒子は消え去り、また静けさが戻ってくる。


 ふぅ……。


 若さに未練がないと言えば嘘になる。あの少女の瑞々しい身体は、まるで生命力そのものを体現しているかのように繊細で、そしてエネルギッシュだった。それでも、アラフォーの身体を誇れることは、自分の人生を誇ることと同義であり、これまで正しく生きてきた証だった。ソリスは満ち足りた表情で微笑み、静かにうなずいた。


 やがて、また光と音が戻ってくる――――。


 うわっ!


 目前にはブワッと高層ビル群が立ち並んでいる姿が迫ってきた。東京だ。


 おほぉ! ふわぁ……。


 フィリアもイヴィットもその大都会の姿に圧倒されている。


 どうやらゴスロリ少女に襲われたりしていたのは自分だけのようだった。ゴスロリ少女は若返りをネタに何かの意趣返しを企んでいたようだったが、どうせロクな事じゃない。何にせよ空間を移動する際にはそれなりのリスクがあるということなのだろう。


 ふぅ……。


 ソリスは大きく息をつきながら、久しぶりの東京の風景を見入った。


 よく見ればあちこちに知らない超高層ビルも増えている。


「あそこが高輪ゲートウェイの駅、こっちが麻布台ヒルズね」


 シアンがニコニコしながら観光案内をしてくれる。


「ちょっと待ってください。高輪ゲートウェイって何ですか?」


 ソリスは初めて聞く珍妙な駅の名前に不安になった。見たことのない超高層ビルが三棟、そして近未来的な駅舎が見える。


「え? 山手線の駅だよ? 知らないの?」


 キョトンとするシアン。


「私の時代にはなかったので……」


「僕が生まれた時にはもうあったケドね。きゃははは!」


 シアンは楽しそうに笑い、ソリスは口を尖らせた。


 知らぬ間にどんどんと変わっていく東京。そのエネルギーあふれる都市をソリスは少しだけ誇らしく感じていた。



     ◇



 東京上空をぐるりと一周した一行は高層マンションのヘリポートに着陸する。


「あまりのんびりしていると自衛隊が飛んで来ちゃうからね。撃ち落としたら面倒くさいし。きゃははは!」


 シアンは物騒なことを言いながらバシュッとドアを開けた。


「恵比寿の翼牛亭に十九時集合ね。あちこち観光しておいで」


 シアンはソリスにスマホとクレジットカードを渡すとウインクする。


「えっ? カード使っちゃっていいんですか?」


「今回頑張ってくれたご褒美。ナイスファイトだったよ。でも何億円も使わないでね、女神がうるさいんだよ」


 シアンは肩をすくめる。


「そ、そんな何億も使えないですよ!」


「まぁ、せっかくの機会、楽しんでおいで」


 シアンはサムアップしてウインクした。


 久しぶりに訪れる東京、しかも使い切れないほどの資金。ソリスは心からの喜びを抑えられず、頬が緩むのを感じながら元気にうなずいた。


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