シアンはキョロキョロと辺りを警戒しながら一歩一歩慎重に進んでいく。
遠隔操作を一切受け付けないのだから、少なくともテロリストはここを訪れたはずである。今も潜んでいるかどうかは分からないが、その可能性は十分にあった。
その時、カンカンと何かが動く音が向こうの方で響く――――。
ひっ!
テロリストらしき動きに、子ネコのソリスはビクッとして耳を立てた。
「静かに……」
シアンは険しい目つきで音の方向をにらみながら、ソリスの頭をなでる。
ここには機械的に動くものはない。動きがあるとすればそれはテロリスト以外ないのだ。
ソリスをそっと通路に下ろすシアン。
「ちょっと待ってて」
シアンのいつになく真剣な表情にソリスはゴクリと息を飲み、そっとうなずいた。
シアンはポケットから鈍く光る金属の手甲を取り出すと右手にはめ、フンと力を込めた。
ヴゥン……。
手甲は虹色に煌めくと、前方に三本の光の刃を吹き出した。数十センチはあろうかという刃は、ジジジジと蛍光管のように揺らめきながら細かなスパークを放つ。
シアンはセイヤッ! とサーバーの鋼鉄製のカバーを光の刃で引っ掻いてみる。
ジッ!
溶接のような音と共にカバーは切り裂かれ、焦げたような臭いが漂ってくる。
ヨシッ……。
シアンはうなずき、前方をにらむとチョコチョコとサーバーの陰に隠れつつ、慎重に前に進んで行った。
一人残されたソリスは心ぼそくなる。極寒の海王星の内部、ひたすらサーバーしかないこの空間に子ネコとなってただ一人、まさにアウェーである。
ウニャァ……。
金属の網となっている床を、テコテコと力なく脇のサーバーまで行ったソリスは、下の隙間へと潜った。
女神も認めるシアンのことだから間違いはないとは思うものの、テロリストだって馬鹿じゃない。命がけで抵抗してくるのだから何が起こるかわからないのだ。
もし、万が一のことがあれば――――。
子ネコのソリスはゾッとして両手で顔を覆い、シッポを身体に巻きつけた。
カシャッカシャッ……。
その時後ろから足音がかすかに響いてくる。
ソリスはピンと耳を立て、そっと足音の方を伺う――――。
大柄な男が抜き足差し足しながら、ロケットランチャーの様な大きな武器を肩に担いでシアンの跡を追っている。テロリストだ。
マズい……。
ソリスの鼓動が一気に高鳴った。あんな物を撃たれたら、例えシアンに当たらなくてもサーバー群が大損害を受けてしまうし、外壁までダメージが行くようなことになれば、氷点下二百度の冷気がなだれ込んで自分たちは全滅である。
ソリスはその絶望的なイメージにブルっと身体を震わせた。
しかし――――。
子ネコの自分に何ができるだろうか? レベル120台だった自分なら瞬殺できるだろうが、こんな子ネコの身体では猫パンチしたところで何の意味もない。
カシャッカシャッ……。
ソリスの目の前を厳ついブーツが一歩一歩静かに進んでいく。
ソリスは気づかれないように息をひそめ身を低く隠れた――――。
カチャリ……。
その時、男が武器を操作した音がかすかに響く。安全装置でも外したのだろうか? いよいよその時が迫っている事に、ソリスの心臓は早鐘を打った。
マズいマズい……。
ソリスはシッポをキュッと身体に巻き付け、顔を覆った。
どうしよう……どうしよう……。
このままでは弟子二号だと可愛がってくれたシアンに顔向けできない。
くぅぅぅ……。
次の瞬間身体が自然に飛び出していた。自分の死闘をナイスファイトだと称賛してくれた人の期待には応えたい。自分には熱い心しかないのだから。
ソリスはただその想いだけで駆け出していった。
男の背中に飛びかかると一気に駆け上ったソリスは、肩越しに男の顔に爪を立てる。
ガリガリガリガリ!
うわぁぁぁ!
いきなりの小動物の襲撃に男は動転し、慌ててソリスをはたき落とす。
ウニャッ!
もんどりうって転がるソリス。
何しやがる!
男は怒りに燃える目でソリスをにらむと、ブーツで踏み潰そうと足を上げた。
ウニャァ!
ソリスは逃げようと思ったが、足がフロアの金属の網の間にハマって動けない。
死ねぃ!
力一杯振り下ろされるブーツ。
ウニャーーー!!
絶体絶命のソリスはギュッと目をつぶった――――。
グフッ!
直後、男は目を
え……?
その後ろにはシアンが楽しそうに笑っている。
「子ネコちゃん、ナイスファイトーー!」
グッとサムアップしてみせるシアンに、ソリスはホッと胸をなで下ろした。位置さえわかれば、この女の子は無敵だったことを思い出す。
ふにゃぁ……。
何とか星を救えそうなことに安堵したソリスは、パタリとその身体を床に投げ出し、大きく息をついた。