「セリオンちゃんには手を出しちゃダメでゴザルよ?」
クイッと丸眼鏡を上げると、ジト目でソリスを見るフィリア。
「だっ! 出さないわよ! な、何言ってんの!!」
ソリスは真っ赤になって怒る。
「嘘、嘘、冗談でゴザルよ。ソリス殿は辛い中よく頑張ったでゴザルな……」
フィリアはそう言うとそっと近づき、ソリスに優しくハグをした。
えっ……?
ソリスはその甘く懐かしい香りに包まれて思わず涙が込み上げる。思えば
「そ、そうよ! 必死に頑張ったんだからぁ!!」
思わずギュッと抱き返すソリス。
うっ……うっ……う……。
ソリスの
イヴィットは優しくソリスの金髪をなでる。
しばらく暖かい時間が流れた。
三人の友情を祝うようにパチッ! と、薪が爆ぜる音が響く――――。
と、その時、ソリスは抱きしめているフィリアの身体が徐々にふんわりと柔らかくなっていくことに気づいた。見れば後ろが透けて見えてしまっている。
「えっ!? フィ、フィリア……?」
「あれ……? やっぱりあたしらは死んでたみたいでゴザルな……」
フィリアとイヴィットはひどく寂しそうな顔で笑った。
「そ、そんな……」
ソリスはようやくここで思い出す。そう、自分は二人を生き返らせようと毒キノコを食べたのだった。
「そうだ! 女神様! 女神様に頼んで生き返らせてあげる。どうやったら会えるか知らない?」
ソリスは真っ青になって叫ぶ。
「そんなのあたしらに聞かないでよ。女神様のことならソリス殿の方が良く知ってるでござろう?」
「は……?」
「ソリス殿は女神様のお気に入りでゴザルよ」
「前代未聞のチートギフト……ズルい……」
二人はジト目でソリスを見る。
「ちょ、ちょっと待って……、それ、どういう……こと?」
ソリスは訳が分からず唖然としてしまう。確かにギフトをもらっていたのは自分だけ、でも、会ったことも記憶になかったのだ。
そうこうしている間にも二人の身体は透けていく。
「そんなこと気にせず、あたしらの分まで……セリオンと仲良く暮らして……」
無理に作った笑顔でフィリアは微笑み、イヴィットもうなずく。
「いや……、ダメよ……」
ソリスは二人を抱きしめようとするが、もう触ることもできなくなっていた。
そして――――。
二人の姿はすぅっと消えていった。
「ダメッ! 置いて行かないでよぉぉぉ! いやぁぁぁぁ!!」
ソリスは泣き叫んだ。せっかくまた三人で会えたと思ったのに、自分だけ置いて行かれてしまった。それはソリスの心の奥を残酷に
「なんでよぉ!! なんで私ばっかり!!」
ソリスはこぶしをブンブンと振り回し、叫んだ。
「うわぁぁぁん! もう嫌! なんなのよ、これ!? 女神様ぁぁぁぁ!」
暖炉の前にペタリと座り込み、子供のように泣き叫ぶソリス。
何度も酷い目に遭わされたソリスの心はもう限界だった。
うわぁぁぁぁぁ!
部屋に響き渡る悲痛な号泣。ソリスはこれまで経験したことのない激しい感情の嵐に飲み込まれ、荒れ狂うように泣き叫んでいた――――。
「あらあら、大変な事になってるわねぇ……」
その時、まるで歌声のような心地よい響きのする若い女性の声が聞こえてくる。
え……?
慌てて振り返ると薄暗い部屋の中、黄金の光の羽根を背後で輝かせ、純白のドレスをゆったりと舞わせている美しい女性が、たおやかな笑みで浮いていた。
そう、それは女神だった。なぜかソリスは一目見てそれが分かってしまう。
ほわぁ……。
ソリスはその予期せぬ降臨に圧倒され、聖なる光に照らされる中、ただ打ち震える。
「ソリスよ、聖約はどうなりしや? ん?」
女神はその美しい
「せ、聖約に……ございますか?」
「ん? お主、記憶を溶かしておるな……。うぅむ……」
女神は美しい顔をゆがめると口をキュッと結んだ。
「も、申し訳ございません。ご教示いただけませんか?」
ソリスは焦って頭を下げる。やはり自分は女神と過去に関係があったのだ。そんな大切なことを忘れてしまうとは自分は何をやっているのだろう? タラリとソリスの頬を冷汗が伝った。
「まぁよい。これはこれで面白いことになりそうじゃからな。ふふっ」
楽しそうに笑う女神に、ソリスは渋い顔をしながら恐る恐る見上げる。
「お主なりに熱く生き抜いてみよ」
女神はニッコリと笑う。
「か、かしこまりました!」
「うむ、見ておるぞ」
女神はそう言うと背中の光の羽を揺らし、目を閉じて立ち去るそぶりを見せる。
「お、お待ちください! 一つお願いがございまして……」
去ってしまおうとする女神に焦って、ソリスは引き留めた。
「ダメじゃ! どうせ死んだ仲間のことじゃろう?」
首を振り、そのチェストナットブラウンの髪を柔らかく揺らす女神。その琥珀色の瞳は一切の反論を許さぬ鋭い光を放っていた。
ソリスはその毅然とした女神の態度に気おされる。確かに死者の蘇生は自然の摂理を乱す禁忌であり、女神には何のメリットもない。しかし、ソリスは引くわけにはいかなかった。
ここがまさに人生の分水嶺。ソリスはグッと歯を食いしばるとキッと女神を見上げた。