その晩、ソリスはなかなか寝付けなかった。身体は疲れていたが、二人を生き返らせられるかもしれないという話が脳裏をちらついて、気持ちが高ぶってしまうのだ。
「あぁ女神様……」
窓の向こうの傾き始めた満月をじっと見つめ、ソリスは物思いにふける。女神様になんとかして直談判したい。自分の想いを全てぶつけ、頼み込んでなんとか許可をもぎ取りたい……。ソリスはギュッとこぶしを握る。
ただ、女神様に会う方法も分からなければ、説得できるポイントもよく分からない。想いをぶつけるといっても、そもそも全知全能の女神様にとって、自分の想いなどどんな意味があるのかすら分からないのだ。
はぁ……。
ソリスは頭を抱え、毛布に潜り込む。
「どうやったら会えるか……」
いろいろと考えてみたが、今自分が知っている女神様に会う方法は毒キノコだけだった。ベニテングダケ、あの白いイボイボの付いた真っ赤で立派なキノコ。あれで女神様に会った人がいるというのなら試さざるを得ない。
セリオンは『幻覚』だと言っていたのだが、本当に会えてしまう可能性がゼロだと言っているわけじゃない。そのわずかな可能性を狙う……、本当に?
毒キノコを食べるというのはほぼ自殺行為である。死ななくても毒で苦しくなって七転八倒することは避けられない。それでも……、やる?
くぅぅぅぅ……。
しばらく毛布の中で震えていたソリスだったが、キュッと口を結ぶと覚悟を決め、ガバっと起き上がる。
苦しくても可能性がほぼ無くても、ソリスにはもう毒キノコしかなかったのだ。
ソリスは抜き足差し足、そーっとキッチンへと行くと下の戸棚を開ける。夕方にセリオンが
そっと取り出したベニテングダケ――――。
これだ……。
ソリスはフォークに刺してそーっと取り出した。その魔性の毒キノコは月明かりに照らされ、鮮やかに赤く輝いて見えた。
ソリスは指先で赤い傘をひとかけらちぎり、じっと見つめる。
下手をしたら死んでしまうかもしれない毒キノコ。これを今から食べる。女神様に会えるかもしれないわずかな可能性にかけるのだ……。
ソリスは目をギュッとつぶって口に放り込む。
瞬間広がる爆発的な旨味――――。
うほっ!?
ソリスは毒キノコだから苦いのではないか、と思っていたがそんなことはない。ディナーで食べたタマゴタケも美味かったが、ベニテングダケはそれどころではない圧倒的な旨味を持っていたのだ。
その旨味に魅せられて何度か噛み、ゴクンと飲み込んだソリス――――。
美味しかった……。
自分が死ぬかもしれない毒キノコを食べて、美味しかったとは全く意味の分からない話である。逆に毒がある食べ物は美味しいのかもしれない。
ソリスは静かにソファに戻ると毛布にくるまった。
もう少しで毒が効いてくる。死ぬのか女神様に会えるのか分からないが、今、自分の中で毒がうごめいていることを想像するだけで、居ても立っても居られない気持ちになる。ソリスは何度も寝返りを繰り返した。
しかし……。
小一時間待っても何も起こらない。単に眼が冴えて眠れなくなるだけに感じられていた。
「効かないじゃない!」
ソリスはまたキッチンへ行くと、今度は丸々一本を貪り食った。
「美味い! 美味いわ! うひゃひゃひゃひゃ!」
完全にイってしまった目で、ソリスは口いっぱいにベニテングダケを頬張って楽しそうに笑った。
◇
暖炉に薪をくべながら炎を見つめるソリス。なぜだか湧き上がってくる笑いを止められず、クスクス笑っていると足音が聞こえてきた――――。
「ん? 誰……?」
振り返ると、そこには黒髪ショートカットの女性が丸眼鏡をクイッと上げている。
「ソリス殿~、ズルいでゴザルよ~」
「そう……、ズルい……」
見ればイヴィットも口をとがらせている。
「えっ!? あ、あなたたち生き返ったの!?」
ソリスはバッと立ち上がると二人に駆け寄った。
「『生き返る』って……。イヴィット殿~、あたしら死んだことになってるでゴザルよ~」
フィリアは肩をすくめ、イヴィットの方を向く。
「殺さないで……」
イヴィットはジト目でソリスを見た。
「あ、そ、そうだったっけね……?」
ソリスはどうにも頭がぼんやりして、何が何だかよく分からない。
「それより! 何でゴザルかコレは!」
フィリアはソリスの頬を両手で包むとムニムニと揉んだ。
「カーッ! このプニプニの手触り! 一人だけ若返ってズルいでゴザルよ~!」
「ズルい……」
「い、いやこれは呪いなんだってば!」
ソリスはフィリアの手を振り払う。
「そんな呪いなら自分も欲しいでゴザルよ!」「あたしも……欲しい……」
「もう! 人の気も知らないで!」
ソリスはプクッと頬を膨らませた。
「それにここは何? セリオンは可愛いし、天国でゴザルか?」
フィリアは部屋を見回し、肩をすくめる。
「可愛い男の子……、ズルい……」
イヴィットもソリスをつつく。
「いやっ! これは……そのぉ……」
ここでの暮らしをつつかれると痛い。一人だけこんな夢のようなスローライフを満喫していることに良心が痛んでいたのは確かだった。
ソリスはもじもじとしてうつむく。でも、久しぶりに仲間たちにイジられることが嬉しかった。気心知れた仲間たちとの和やかな交流。それはずっとソリスが求めていたものだったのだ。ソリスは心がほっとして、温かな気持ちが胸に広がっていくのを感じていた。