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22. 最強の人質

 突如、青空がき曇り、不気味な黒い雲が空を包んでいく。

「な、何なの……?」

 その異様な事態にソリスは寒気を感じ、恐怖に引かれるように後ずさった。

 直後、ピシャーン! という激しい稲妻が湖面に突き刺さり、水柱が天を穿うがつように立ちのぼる――――。

 キャァァァ!

 思わず頭を抱えしゃがみ込んでしまうソリス。

 湖面にはもうもうとした水煙があがっている。

 セリオンは動じず、プリプリしながら水煙に向かって指をさした。

「ちゃんと説明してよね!」

 くふふふ……。

 若い女性の笑う不気味な声が、水煙の中から響いてくる。

 え……?

 ソリスが声の方を向くと、ぼうっと水煙の中で鋭い二つの黄金の光が輝いていた。

「な、何……あれ……?」

 水煙が徐々に晴れると、神秘的な半透明の乙女が姿を現す。彼女の肌はすりガラスのように美しく、内から漏れる青い光に照らされて幻想的に輝いている。その眼は黄金色に輝き、彼女の下半身は水面下に隠れていたが、長く大蛇のように見えた。これがセリオンの呼び出した翠蛟仙アクィネルらしい。

「あら、セリオンどうしたの? うふふふ……」

 翠蛟仙アクィネルは挑発するように楽しそうに笑った。

「どうしたじゃないよ! オーロラトラウトを精霊たちが奪っていったんだ。返してよ!」

 セリオンはブンブンとこぶしを振りながら怒りをぶつける。

「ふぅん……、そんなの知らないって……言ったら?」

 翠蛟仙アクィネルは挑戦的な鋭い視線でセリオンを貫く。

「僕らの大切な夕飯……、返さないって言うなら……怒るよ?」

 セリオンはクリっとした可愛い目でにらみつけた。

「おぉ、怖い怖い!」

 翠蛟仙アクィネルはブルっと身体を震わせると、バシャッと水中に潜ってしまう。

「あっ! ちょっと待って! 返してよ!」

 セリオンは身を隠した翠蛟仙アクィネルにムッとして、水面をパシパシと叩いた。

 ソリスはこんな可愛い少年の何が怖いのか分からず、首をひねった。もしかすると……、彼の背後には恐ろしい秘密を持つ両親がいるのかも……? そんな思いが頭をよぎり、ソリスは急に不安に駆られて眉をひそめた。

 直後、青い光がスーっと水面下をソリスの方に一直線に迫ってくる。

 え……?

 バシャァ!と水しぶきを上げながら翠蛟仙アクィネルはソリスに襲い掛かったのだ。

 うわぁ!

 ボーっとしていたソリスは対応が遅れてしまう。

「つーかまえた!」

 翠蛟仙アクィネルはソリスを羽交い絞めにすると、いやらしい笑みを浮かべながらセリオンを見た。

「こーんな可愛い人間の女の子、どうしたの? えさなの? くふふふ……」

「な、何するんだ! おねぇちゃんを離せ!」

 セリオンは焦った。まさかソリスを狙ってくるとは思わなかったのだ。

「ふぅん……。この娘があなたの弱点みたいね? いいもの見つけちゃった。くふふふ……」

「止めろよ!」

 顔を真っ赤にして叫んだセリオンは、ソリスの方に駆け寄ろうとした。

「動くな!! この娘がどうなってもいいのかい? ヒヒヒヒ……」

 翠蛟仙アクィネルはニヤけながら、蛇のような舌をチョロチョロと動かした。

「卑怯だぞ!」

「あー、お話のところ申し訳ないんだけど……」

 ソリスは翠蛟仙アクィネルの腕をガシッと握ると、レベル124の異常な力で一気にひねりあげた。

「うわっ! 痛い! 痛い! 止めてぇ!」

 翠蛟仙アクィネルはたまらず悲鳴を上げる。

「お、おねぇちゃん……」

 セリオンはソリスの怪力に思わず目が点になる。

「人質は相手を見て取らなきゃ」

 ソリスは翠蛟仙アクィネルにドヤ顔で言った。

 くぅぅぅ……、こんの小娘がぁぁぁ。

 翠蛟仙アクィネルは水中に入っていた自分のシッポを使って、ビシャっと水をソリスにぶっかけた。

 うわっ!

 思わず手を離してしまうソリス。

「喰らえ!」

 翠蛟仙アクィネルはその隙を逃さず、大蛇となっている下半身でソリスをグルグル巻きに縛り上げた。

「絞め殺してやる!」

 渾身の力を込め、翠蛟仙アクィネルはソリスを締め付ける。

 しかし――――。

「あら? 私と力比べ? ふふふっ」

 ソリスは笑みを浮かべると、ふん! と、全身に力を込め、大蛇の締め付けに対抗していく。

 ぬおぉぉぉぉぉ!

 ギギッギギッギ……。

 徐々に開かれていく締め付けの輪。

「痛い! な、なんて怪力なの!? 痛い、痛いって!」

 たまらず湖に飛び込んで逃げだした翠蛟仙アクィネルは、盛大に水しぶきを上げた。

 だが、ソリスはガシッと握ったシッポを離さない。

「どこに行こうというのかしら? ぬぉぉぉりゃぁぁぁ!」

 シッポを持って思いっきり引っ張り上げるソリス。

 水中を逃げようともがいていた翠蛟仙アクィネルだったが、ソリスの怪力には敵わない。湖から引っこ抜かれると、そのまま背後の巨木に叩きつけられた。

「ぐはぁ! こ、この小娘がぁぁぁ!」

 翠蛟仙アクィネルは目を激しく真紅に輝かせ、両腕を内側から青く激しく光らせ始める。

「させないわ!」

 ヤバい予感がしたソリスは、そのまま翠蛟仙アクィネルをグルングルンとシッポをもってジャイアントスイングのように振り回した。

「ぬわぁ! や、止めろぉ!!」

 翠蛟仙アクィネルは激しい遠心力で頭に体液が上り、うまく身動きが取れない。

 ソリスは回転の勢いを使って一度翠蛟仙アクィネルの頭を空高くもち上げると、そのまま湖面に叩き落した。

 ソイヤー!

 ゴフゥ!

 盛大な水しぶきが上がり、翠蛟仙アクィネルは泡に包まれながら水中へ沈んでいく。

「これでどうよ?」

 ソリスはふぅふぅと荒い息をつきながらドヤ顔で水中をのぞきこむ。翠蛟仙アクィネルはその衝撃に気を失ったようで水の底でピクリとも動かない。

「あれ? やりすぎた……かしら……?」

 ソリスは不安になってきてそーっと身体を引き上げ、翠蛟仙アクィネルを草むらの上に雑に転がす。

 よーいしょっと!

 翠蛟仙アクィネルはその霞むような美しい身体を無力にさらけ出し、まるで水揚げされたマグロのように無防備にのびていた。

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