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17. 営業スマイル

 ソリスは街の中心部、大聖堂にまでやってきた――――。

 天を突くような尖塔に、壮大な彫刻が施された豪奢なファサードはこの街のシンボルともなっている。

 ゴスロリ少女の話からすれば、呪いも女神に関係するものらしい。であるならば、やはり教会に相談するのが筋だと思ったのだ。

 大聖堂の大きな扉を恐る恐る押し開けると、重厚な空気が全身を包み込む。見上げれば、精緻なレリーフで飾られた見事なゴシックアーチが息をのむような美しさを放っていた。鮮やかな色彩がステンドグラスから漏れ、祭壇上の女神像に神秘的な輝きを与えている。

 うわぁ……。

 大聖堂の中を見るのは初めてだったソリスは、想像以上の荘厳さに圧倒され、思わず立ち尽くした。

「おや、お嬢ちゃん、どうしたの?」

 クリーム色の法衣をまとったシスターがかがみながら、にこやかに声をかけてくる。

「あっ! いや……あの……」

 心の準備ができていなかったソリスは心臓が跳ね上がり、言葉がとっさに出てこなかった。

「ふふっ。落ち着いて、お嬢ちゃん……」

 シスターはその慌てっぷりを微笑ましく思ったが、中身はアラフォーなことは気がつかない。

 ソリスは息を整えると、シスターに手を合わせて懇願した。

「の、呪いを解いて欲しいんです」

「の、呪い……?」

 シスターは顔を曇らせ、後ずさる。

「【若化】という呪いがかかってしまっているようなんです」

「若返るって……ことかしら? でも、それってむしろ【祝福】じゃないの?」

 シスターはソリスの気も知らず、のんきなことを言う。若返りに副作用があるかもしれない今、呪いはただのリスクでしかないのだ。もしかしたら今、この瞬間も若返りが進んでいるかもしれないし、後で一気に老化してしまうかもしれない。何より堂々と人前に出られないことが一番歯がゆかったのだ。

「内容はともかく、こちらでは解呪をお願いできるのでしょうか?」

 ソリスは極力平静を装いながら聞いてみる。

「司教様ならそういう祈祷祈祷をやってくれますよ。ただ……、お布施は金貨十枚していただきますが」

「じゅっ、十枚!?」

 ソリスは目を真ん丸にして驚く。それは日本円にしたら百万円に相当する高額だったのだ。

 くぅぅぅ……。

 ソリスは来る途中、魔道具屋で魔石を換金してきた。しかし、金貨十枚も払ったらすっからかんになってしまう。

 しかし……、もしそれで本当に解呪できるのであれば安いと言えるかもしれない。

「分かりました。十枚払えば解呪していただけるのですね?」

「司教様ならきっと何とかしてくださるわ。でも……、金貨十枚も持ってますの?」

 シスターは怪訝けげんそうにソリスの顔をのぞきこむ。

 ソリスは無言でなけなしの金貨十枚を取り出して見せた。

 あら……。

 シスターは聖職者に似合わぬいやらしい表情を一瞬見せ、

「さぁこちらへ……」

 と、ソリスを奥の建物へと導いた。

      ◇

 階段をのぼり、五階の面談室に通されたソリスはお茶を出され、しばらく待たされた。

 高い天井へと伸びた厳かな細いステンドグラスの窓から色鮮やかな光が差し込んでいる。天井からは壮麗なシャンデリアが吊り下げられ、壁には聖人たちの肖像が並び、金の刺繍の施されたカーテンは重厚なドレープを描いている。年季の入った木製の家具は磨き上げられ、深みのある輝きを放っていた。その荘厳な雰囲気に、ソリスは居心地の悪さを感じてソワソワしてしまう。

 ガチャリとドアが開き、クリーム色の帽子をかぶった髭面の男が入ってくる。

「迷える子羊よ、いらっしゃい」

 ニコッと営業スマイルをする司教。

「よ、よろしくお願いいたします」

 ソリスは慌てて立ち上がるとペコリとお辞儀をした。

「で、解呪をしてほしいということですな?」

「は、はい、【若化】という呪いが……」

「では金貨十枚になります」

 司教はニコニコと作った笑顔で手を出した。

 は、はぁ……。

 ソリスは口をとがらせ、渋々金貨十枚を司教に渡す。

「はい。確かに……。ではそこにひざまずきなさい」

 司教は財布を胸にしまい、ぶっきらぼうに洗礼台のところを指さした。

 唐草模様のじゅうたんが敷かれた洗礼台には、聖水の入った豪奢な銀のボウルが置かれている。

 は、はい……。

 ソリスは絨毯じゅうたんの上に跪くと両手を組み、祈った。

「それでは行きますぞ!」

 司教は目をギュッとつぶり、ブツブツ何かをつぶやくと、聖水のボウルに手を突っ込んだ。

「祓いたまえーー、清めたまえーー……」

 手水のしずくをソリスの頭に振りかけながら祓詞はらえことばをかけていく。

 司教は最後に手を組み、顔を真っ赤にして気合いを込め「えいっ!」と叫ぶ。神聖力でソリスの身体がかすかに光を帯びた。

 ソリスは呪いが解けてくれくれるように必死に女神様に祈る。ゴスロリ少女のおふざけの呪いなど吹き飛ばしてやるのだ。

「はい、お疲れ様。終わりましたぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 ソリスは急いでステータスウィンドウを開いてみる――――。

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ギフト:女神の祝福アナスタシス【呪い:若化】

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 しかし、全然変わっていなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください! 解呪できていないんですが?」

「むぅ? それは残念でしたな。ではこれで……」

 司教はとぼけた顔で首をひねり、出て行こうとする。

「えっ!? 失敗したならお金を返してください!」

 ソリスは激怒した。なけなしの金をこんな何の役にも立たない茶番に突っ込んだとあっては、死んでも死にきれない。そもそも、この司教は解呪の神聖魔法を使ってないのだ。ただの神聖魔法を使った洗礼しかやっていない。そんないい加減な解呪など効くわけがなかった。子供だと思って軽く見ているに違いない。

「残念ですが、お金は祈祷料ですから、効果の有無にかかわらずかかります」

 司教はクレーマーをあしらうように、木で鼻をくくったような対応をする。

「いいから返せこのクソ坊主!!」

 ソリスは激しい怒りに我を忘れ、司教に飛びかかった。この街最高の聖職者がこんな詐欺まがいな事をして子供を騙すとは許しがたい。

 ソリスは司教の胸に手を突っ込むと強引に財布を奪い取った。

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