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8. 黄金の飛沫

 その後も十二階、十三階と次々に快進撃を続けるソリス――――。

 ソロで赤鬼オーガに勝ったソリスには、出てくる一般モンスターなどもはや雑魚に過ぎなかった。怪しい魔法を使ってくるスケルトンも毒を放ってくるデカい大蛇も、軽快なフットワークで翻弄させながら一刀両断にしていった。

「弱い、弱ーい! 華年絆姫プリムローズのお通りよ! はっはーーい!」

 大剣をクルクルと振り回し、その圧倒的な強さに心地よい高揚感を覚えながら、ダンジョンに笑い声を響かせた。

 どんどんと快調に階を進んでいくソリス。何しろたとえ死んでも強くなるだけなのだ。慎重になる意味がない。

 上機嫌に地下十五階まで降りてきた時のことだった――――。

 キャァァァ! ひぃぃぃ!

 遠くから微かに若い女の悲鳴が聞こえてくる。

 えっ……、この声は……?

 ソリスは眉をしかめたが、放っておくわけにもいかない。薄暗い洞窟の中を、声のした方へと駆けて行った。

        ◇

 しばらく行くと、大きな広間があった。悲鳴はその奥から聞こえてきているようだ。

 中をのぞきこむと、金色に光り輝くオーガが、広間の奥に幻精姫遊フェアリーフレンズの三人組を追い込んでいた。

「も、もうダメーー!」「もうちょっと頑張りなさいよ!!」

 女僧侶が必死にみんなをシールドで守っている中で、リーダーが倒れている弓士の手当てをしているようだった。

 ソリスは「ざまぁ!」と笑ったが、このまま放っておくのも寝覚めが悪い。大きく息をつくと、叫んだ。

「おい! 助けてやろうか?!」

 リーダーはソリスの方を向くとハッとして、バツが悪そうに顔をしかめる。

「お、お願いしますぅぅ!」

 女僧侶が叫んだが、リーダーはうつむいたままだった。

「しょうがないわねぇ。オイ! こっちだ!!」

 ソリスはタタッと駆け、ものすごい速度でオーガに迫る。

 グガァァァァ!

 オーガが憤激に満ちた表情で後ろを振り向き、ソリスに向かって巨大な棍棒を力強く振りかぶった。

 ヘイヘーイ!

 軽く左右にステップを踏みながら、挑発するソリス。

 この金色のオーガはユニーク種であり、一般のオーガより強く、十階のボス赤鬼オーガと同じくらいの強さのようだった。強い分、良いアイテムをドロップしてくれるので、強い冒険者であれば美味しい敵と言える。

 グァッ!

 雷のような速さで打ち下ろされる棍棒。猛烈な風きり音が部屋に響き渡る。

 ソリスは待ってましたとばかりにギリギリで棍棒をかわすと、壁に向かってひと飛びし、そのまま三角飛びでオーガの頭上まで一気に迫った。

 グォ?

 その軽業師のような素早い身のこなしにオーガは翻弄され、一瞬ソリスを見失う。

 どっせい!

 激しい気迫のこもった大剣の一撃がオーガの脳天に炸裂。一刀両断に斬り裂いた。

 階を降りてくる間にもレベルアップをしていたソリスにとって、このレベルのモンスターであればもう敵ではなかったのだ。

 グォォォォ……。

 断末魔の叫びが広間に響き渡る中、ソリスはニヤッと笑いながら幻精姫遊フェアリーフレンズの面々に振り返る。

「す、凄い……。あ、ありがとうございます……」

 その鮮やかな討伐劇に女僧侶は圧倒され、頭を下げた。

 しかし、リーダーはそっぽを向いたまま目を合わそうともしない。

「これは貸しだからね? もう二度とくだらないウザ絡みはするなよ?」

 ソリスは厳しい視線を投げかけながら言い放つ。

 しかし、リーダーは仏頂面で、

「た、頼んでない……」

 と、ボソッと言った。

「は?」

 ソリスは眉をひそめる。いくらなんでもそれはないだろう。

「助けてくれだなんて私は言ってないんだけど?」

 リーダーは金髪を手で流しながら、ふてぶてしい顔をして言い放つ。

 ソリスの頭の中でブチっと何かが切れた。

「ガキが……」

 大剣をリーダーに向け振りかぶると、ソリスはそのまま一気に突っ込んだ。

 ひっ!?

 リーダーは慌てて剣を構え、さばこうとした。しかし、ソリスは目にも止まらぬ速さでその剣目がけ、一文字に大剣を振り切った。

 キィィン!

 リーダーの剣は弾かれ、クルクルと回りながらキラキラとランプの光を反射し、広間の壁に突き刺さる。

 ひっ!?

 驚くリーダーの首に素早く大剣を当てたソリスは、ドスの効いた声を響かせた。

「お前ら殺すなんか朝飯前……。今、殺してやろうか? ダンジョンなら証拠も残らないんだけど?」

 ひ、ひぃぃぃ!

 リーダーは縮み上がって震えるばかりだった。

「冒険者同士は助け合うもんだろ!? 今度舐めた真似してみろ? 街に居ようがどこに居ようが確実に息の根……止めてやる……」

 ソリスは怒火に燃える瞳でリーダーを射抜く。

「ゴ、ゴメンなさいぃぃぃ。ゆ、許してぇぇ……」

 リーダーはその圧倒的な迫力に打ちのめされ、緊張と恐怖で下を漏らした。

 ジョボジョボと嫌な音が広間に響きわたる。

「うわっ! きったない……」

 ソリスは顔をゆがめ、飛沫を避けるように飛びのいた。

 うわぁぁぁん!

 ペタリと座り込み、まるで小さな子供のように泣き叫ぶリーダー。

 あーあ……。

 ソリスは渋い顔で首を振り、重いため息をつくと女僧侶に聞いた。

「お前ら無事に帰れそうか?」

「だ、大丈夫です。ポーションはまだあるので……」

「そうか。気をつけて帰りな」

 ソリスは手を上げ、去ろうとする。

「あっ! ど、どこまで……行くんですか?」

 女僧侶は声を上げた。ソロで十五階を余裕で踏破していくソリスに興味津々なのだ。

「五十……かな?」

「へっ!? ご、五十……?」

 女僧侶は思わず声が裏返ってしまった。四十階ですらクリアした者がいないのに、五十などまさに狂気の沙汰だった。しかし、先ほどのオーガを余裕で一刀両断した異常な強さを見せつけられると、それがあながち虚勢とも言い切れない凄みを感じてしまう。

「そう。五十階が踏破されたら華年絆姫プリムローズの成果だって周りに伝えてやってくれよな」

 ソリスはニヤッと笑うと颯爽と広間を後にした。

「す、すごい……」「素敵……」

 女僧侶と女弓士は、たった一人で壮大な目標に挑むソリスの熱い魂に圧倒され、その凛々りりしい後ろ姿に見惚れていた。

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