「みんな……、絶対に
金髪をリボンでくくったアラフォーの女剣士ソリスは、幅広の大剣を
磨かれた銀色に
グォォォォォ!
ダンジョン地下十階のボス、
こんな棍棒の直撃を食らっては、どんな鎧を
この地下十階の広大なフロアは、まるで荘厳な講堂のように広がる石造りの地下闘技場だった。苔むした石柱が立ち並び、かつての戦士たちの魂が今もなお息づいているかのような重厚な空気が漂っている。石柱に設置された魔法のランタンたちが柔らかく石壁を照らし、光と影が織りなす幻想的な風景が広がっている。
グフッ! グフッ!
そうはさせじとソリスは、棍棒の動きを見ながら横にステップを踏み、タイミングを待つ。前回、女ばかりの三人パーティで挑んだ時に、攻撃パターンは
アラフォーともなると力も衰えてきて、同じレベルでも若い者からは大きく見劣りをしてしまう。しかし、そこは豊富な経験でカバーしてやると、ソリスは意気込んでやってきた。
ウガァァァ!
しばらく続いた鬼ごっこ状態に業を煮やした
ここだっ!
待ち望んでいた一瞬が到来した――――。
ソリスは猫のように軽やかなステップで地を蹴り、迫り来る棍棒をぎりぎりで
グハァ!
ひるんだ
「死ねぃ!!」
ソリスは全身全霊をかけ、疾風の如く
剣気で光り輝く大剣はまっすぐに
かつて仲間のフィリアが『ほれぼれするでゴザルよ!』と、おどけ気味に
決まった――――!!
ソリスがそう思った瞬間――――。
いきなり視界が暗闇に沈む。ゴスッ! ゴスッ! と身体が砕ける衝撃が襲ったのだ。
へ?
何が起こったのか分からなかった。
ゴフッ!
大量の血を吐いたソリスは、鼻にツーンと生温かい血が流れ込んできているのを感じる。
ぼんやりと戻ってきた視界――――。
そこにはこぶしから血を
棍棒を手放して素早さを出した
ソリスは起き上がろうと思ったが、身体の骨があちこち折れてしまっていて、激痛に
ふぐぅ……。
この時、イヴィットの矢が空を切る音が聞こえた気がして一瞬ハッとするソリス。
しかし、そんなはずはないのだ。イヴィットはもう
「イ、イヴィットぉ……」
今まで何度も窮地を救ってくれたイヴィットの矢はもう飛んでこない。ソリスは
ニヤリと嗤いながらそんなソリスを見下ろす
赤く張りのある肌をした鬼神が、その巨体をゆっくりと動かす。
その目には冷酷な光が宿り、唇には残忍な笑みが浮かんでいる。棍棒を振り上げる腕の筋肉が盛り上がり……、次の瞬間、恐ろしい破壊の音が静寂を引き裂いた――――。
骨の砕ける音と肉の裂ける音が、不協和音となって空間に満ちる。その音はまさに絶望そのものだった。 ソリスは、全身が燃え上がるような激痛の中、己の運命の
悲壮な覚悟を胸に挑んだボス戦。前回の敗北を徹底的に分析し、全財産をつぎ込んだ増強ポーションで攻撃力も限界まで高めた。体調も驚くほど良く、老いゆく身体を考えれば、戦うのは今しかなかった。
分の悪い賭けなのは百も承知である。それでも、仲間の無念を晴らすと決めた以上、わずかでも勝ち目があるのであれば挑まねばならなかった。それがアラフォーまで二十数年間仲間と一緒に冒険者として人生を紡いできたソリスの
しかし、運命に挑むこの壮絶な決意に対し、幸運の女神はほほ笑まなかった。
「フィリア……、イヴィット……、ゴメン……」
世渡り下手な三人娘はパーティーを組み、身を寄せ合いながら一緒に暮らしてきた。先日、二人が
――――はずだった。
シャラーン……。
どこからか聞こえてくる神聖な響き……。
グチャグチャとなったソリスの
骸から黄金色に輝く微粒子がフワフワと立ち上り始めた。
『
死の最期の瞬間にそんな言葉が、ソリスの耳元でささやかれた気がした。
え……?
『レベルアップしました!』
なぜか意識がはっきりとしてくるソリスの頭の中に、電子音声が響き渡る。
はぁ……?
ソリスは何があったのか分からなかった。
「ど、どういう……こと?」
ソリスは身を起こして自分の両手を見た。
全身を砕かれてグチャグチャになったはずの身体が、まるで蝶が
ガァァァァ!
「ヤ、ヤバい!」
大地を蹴る足に力が
理解を超えた出来事に戸惑いながらも、ソリスの魂は激しく震える。奇跡とも呼べるこの瞬間を生かす以外ないではないか。
床に転がってしまった大剣に向かって、ソリスは疾風のごとく駆け出した。その手は、運命を掴むかのように伸びていく。
しかし――――。
激しい衝撃が全身を貫き、ソリスはあと一歩というところで大地に叩きつけられた。
見ればガランガランと棍棒も一緒に転がっている。なんと
くぅぅぅ……。
体を立て直そうとした瞬間、視界が闇に包まれた。意識が霧の中へと溶けていく――――。
巨大な
ゴフッ……。
盛大に血を吐いてこと切れるソリス。蘇生の奇跡も虚しく、ソリスの身体から生命が滴り落ちていくのを今回も止められなかった。
しかし――――。
『レベルアップしました!』
またも不思議な電子音が響き、ソリスの身体に新たな生命の輝きが宿った。
ソリスは驚きに目を見開き、蘇った自分の手のひらをじっと見つめる。
「これは……一体何なの?」
戸惑いの声が漏れる。まるで全身の細胞が目覚めたかのように、体中に溢れんばかりの活力が満ちていた。
グガァァァァ!
うぉぉぉぉぉ!!
ソリスも負けじと大地を震わせんばかりの雄叫びとともに、巨大な剣を掲げる。赤い悪鬼への怒りが血管を駆け巡り、仲間への想いが胸の内で燃え上がった。今この瞬間、すべてを懸けて立ち向かう執念がソリスの瞳に宿る。
理性など吹き飛び、ただ一心に、魂の炎を燃やし尽くさんと
しかし、
結果、赤き悪魔の前にソリスは何度も殺されていった。棍棒で吹き飛ばされ、足で踏みつぶされ、首を引きちぎられ、次々と凄惨な死を遂げるソリス。
だが、何度殺されても終わらなかった――――。
『レベルアップしました!』
「今度こそ! うぉぉぉぉりゃぁぁぁ!」
決意の炎を燃やした碧い瞳で大剣を高々と掲げ、ソリスは巨大な筋肉の塊である
ウガァァ! ウガァァ!
疲れも見えてくる中、
『次に大振りした時がチャンス……』
逆に余裕ができていたソリスは
「ここよ!!」
ソリスは獣のような直感で棍棒を
「ギュワァァァァ!」
激痛と共に噴き出す鮮血に、
永遠とも思えた殺されるばかりの苦痛の果てに、ついにその瞬間が訪れた。ソリスの胸に激しい鼓動が響き渡る。
「仲間の無念! 受け取れぇぇぇ!」
刀身の剣気が閃き、
ゴ……、ゴフゥゥゥ……。
苦痛の
ソリスはその光景を見ながら、まるで現実離れした夢のようで実感がわかなかった。
自分たちを壊滅させた伝説の
「や、やった……の?」
ソリスは肩で息をしながら、倒れた赤鬼オーガを見つめる。あれほど強かった怪物の
うぉぉぉぉぉ!
ソリスは両手を掲げ、吠えた。ついに念願の宿敵
「フィリアぁぁぁ! イヴィットぉぉぉ! 見て、やったわよ!! うっ……、うっ……、おぉぉ……」
ソリスはあふれ出る涙をぬぐいもせず、号泣しながら倒れ伏せる。奇跡的な勝利を手にした。それはまさに最高の一瞬――――なのだが、勝っても仲間は戻ってこない。その冷徹な現実がソリスの胸を締め付ける。
うっ、うっ……。
止まらない涙――――。
ソリスは床に倒れ伏せたまま、涙枯れ果てるまで苦い勝利の味わいに