扉をくぐるときは、何とも言えない感覚だった。
服のままお風呂に入ったような。
気持ち悪いような、でもなんか気持ちいいような。
目を開けると、そこはまるで創作物のダンジョンだった。
といっても、すごく広い。
後ろを振り返ると、次々と子供たちが出てくる。
こういうSF映画があった気もするが、今は現実だ。
周囲は古い石でできたような感じで、黒く、それでいてなんだか異質だ。
前は、驚きの光景が広がっていた。
それに気づいたミリシアが、俺の手をぎゅっと握りしめる。
そういえばずっと繋いだままだ。
フェアのおかげだったことを、今さらながらに感謝する。
「ぐるぅ」
「ああ、いよいよ本番だ。――おもち、頑張ろうね」
訓練中、おもちはずっと俺と頑張っていた。
だがおもちは、驚くほど強かった。
それを――見せる時がきた。
「よお、クライン」
すると後ろから声を掛けられた。
赤髪の、あの嫌味だった男の子、ルージュだ。
それを見て俺は少しムッとなったが、すぐ頬が緩んでしまう。
その理由は――。
「ふふふ、可愛いリスさんだね」
「なっ!? 俺のポリンはこう見えてもすごくてなあ!?」
肩に乗っている小さなリスのせいだ。
魔獣持ちは知らなかった。いや、あの時はなかったはずだ。
俺たちはまだほんの子供、後天的に授かる場合も少なからずあるとリルドが言っていた。
けど、なんだ?
途端にもじもじしはじめて――。
「……この前は、悪かった」
俺は、その態度に衝撃を覚えた。
今まで人は変われないと思っていた。
悪い奴は最低で、最低な奴は悪くて。
元の世界を思い出していたからだろう。
何を彼を変えたのかは知らない。けどルージュはよく考えるとまだほんの子供だ。
……ったく、精神に引っ張られるのはいいが、それで相手を決めつけるのは良くないよな。
子供の特権、それは間違えてもいいことだ。
「いいよ。謝ってくれたなら、許す」
「……ありがとう。クライン、でも俺頑張ったぜ。今回、勝つ為に――」
そのとき、声がした。
慌てて前に身体を戻す。
さっきの驚きの光景がふたたび視界に入る。
道が、10つほどに分かれている。
試験はもう一つの門をくぐって外に出ること。
それ自体はいい。だがそれよりも驚いたのは、一つの道から――見たこともない巨大な生物が歩いてきたのだ。
俺たちは子供、1メートルにも満たない。
だが遠くからでもわかる。おそらく10メートルはあるだろう。
全体が赤く、2本の角、口からは牙が飛び出ている。
その特徴的な風貌は、元の世界のいわゆる鬼によく似ていた。
右手のこん棒はでかく、異彩を放っている。
そして鬼は、明らかに俺たちを狙って走ってきている。
大勢の子供たちが逃げ惑う。
「クライン、ここは一旦――」
「――おもち」
「ぐるぅ!」
ルージュが制止したが、俺はおもちに声をかけた。
おもちは翼をはためかせ、ぐんぐんと真っ直ぐ突き進む。
そして、鬼に向かって炎を吐いた。
おもちがこの攻撃をできると知ったのは、随分と最初だ。
初めは、コホっと少し火が出る程度だったが、今では炎の玉を出すことができる。
成長すれば、もっと凄まじいことになるだろう。
鬼に直撃したものの、それは致命的なダメージにはなりえなかった。
鬼は咄嗟に防御した後、更に憤慨する。
しかしこの攻撃は倒す為じゃない。
――時間稼ぎだ。
まだお母さんが生きてた時、豆まきをしたことがある。鬼は外、福は内ってな。
「――魔結界」
俺は人差し指と中指を立てて詠唱した。
魔結界がジジジと形成されると、鬼を覆う。
鬼は、壁をこん棒で思い切り叩きはじめた。
俺はミリシアほどの技術がなく、空間が余っている。
だが――。
「ガアアアアアアアッアア!」
「無理だよ」
強度は以前と比べ物にならない。
俺は不安だった。
魔物やモンスターを殺せるのか、とずっと考えていた。
けどそれは――杞憂だったらしい。
「――『魔滅』」
箱が、瞬時に黒で覆われる。
次に解除すると、鬼は完全に消えていた。
家族の幸せを思えば簡単な話だ。
何よりも優先すべきは、手の届く範囲の人たち。
俺は誰よりもそれを知っている。
あの火事の時に誓った。
今の俺なら、たとえ人でも容赦しない。
「――行くぞおもち、この試験、一番で通過しよう」
「ぐるぅ!」
おもちが駆け寄る。そして、後ろを振り返る。
「ミリシア、行こう。――ルージュも」
「……凄い、凄すぎるよクライン! かっこうよかった!」
「す、すげえ……。――で、でも俺もすげえ技使えるんだからな!!!」
◇
修練の門――外。
映像のように照射された門を、大勢が舐めている。
そこにいた1人の白髪の老人が、声を震わせていた。
「な、なんということだ。あれは『鬼』ではないか。修練の門で出現するなんて前代未聞だ。いやそれよりも、なんだあの魔結界に魔滅は……規格外すぎるぞ」
周りも歓声というよりは、驚愕していた。
「誰だ今の子供は!?」
「ビルス家の子、クラインだ」
「あの魔印五本の子供か、何という力だ」
「何ということだ……これは、凄いことになるぞ」
それを見ていたメアリー、そしてリルドは。
「あなた、クラインが……あんなに強く」
「……驚いた。私がいない間に随分と強くなってるな。フェアが言っていたよ、面白い事になりますよ、と。それが、これだったんだな。――クライン、頑張れよ」