騒めく貴族たちを納めるかのように、第一王子が拍手をはじめた。
それに伴って周囲が静かになっていく。
王子が、静かに俺に歩み寄る。
「素晴らしい。まさか我が王国から五本指が現れるとは……君の名前はクラインだったね。ロイク卿、前に出て来てくれ」
フィリップ王子は、椅子から立ち上がると父を呼んだ。
深々とお辞儀した後、父が俺の横に立ち、膝をつく。
俺も慌てて続いた。
「楽にしてくれ。ロイク卿、三本指以上は決まりで事前に知らせておいてくれとあったはずだ。どうして黙っていた?」
「申し訳ございません。私も知らなかったのです……」
二人の会話で気付いてしまった。どうやら俺は、とんでもないことをしてしまったのだと。
慌てて弁解しようにも、口を出していいのか悩む。
だが、父が責められるのは嫌だ。
「父はわるくありません。ぼくがわるいのです」
「クライン、お前は静か――」
「良い。勘違いしないでくれクライン、三本指以上はあらかじめ護衛を付ける決まりなだけだ。別に君の父を責めているわけではないんだよ」
「はい……」
「むしろ君の父を想う姿、そしてその幼さに似合わぬ丁寧な言葉遣いに好感を持った。国王陛下にも伝えておく。ただ私が君を呼んだのはそれを聞きたかったわけじゃない。一つ聞きたい、魔獣を召喚し続けていると魔力を消費するはずだが、どうして肩に乗せている?」
「おもちは、僕がうまれたときからずっと一緒なんです」
俺の返答が、更に周りを騒めかせた。王子は「なるほど」とすんなりと納得してくれたが、そういうことだったのかと納得した。
その後、王子は突然叫びはじめた。
「皆のもの聞いたか! 彼は類まれな素質の持ち主だ! ギリアンドムの歴史の中でも異例だろう! 彼、クラインは間違いなく英雄となり、そして今後称えら得るに違いない! よって、この場で爵位を与える!」
爵位、その言葉の意味はわかるが、そのすごさはわからなかった。
だが父は感激し、周りも喜んでくれている。
その後、儀式が終わった後、俺は爵位を授かった。
やり方はよくわからなかったが、隣に父がいて色々教えてくれた。
ありがたみはわからなかったが、父の最後の言葉で、ようやく実感がわいてくる。
「凄いことだぞ、クライン。その歳で爵位を持ったのは、お前が初だろう。とても誇らしい。」
正直、元の世界の感性がある俺にとってはどうでも良かった。
だがその表情は、二度と忘れないだろう。
◇
男爵の爵位をもらった俺は、徐々に実感が湧いて。
人生で初めて認めてもらえたのかもしれない。
そして父は、俺に色々と教えてくれた。
五本指のことだ。ただこれは今までの金型で、例外もあるらしい。
親指の魔印は「
人差し指の魔印は「
中指の魔印は「
薬指の魔印は「
これはかなりめずらしく、本来は魔結界を持つ人と行動することが多い。だが俺は一人ですべてが可能だ。
そして、子指
俺にもその使い方はわからないし、今後どうやって覚えたらいいのかもわからない。
第一王子曰く、これからは王都で暮らしてほしいとのことだったが、それについては父がかなり悩んでいた。
聞けば爵位を与えたのは、もちろん功績あってのことだが、ギリアンドムに永住してほしいのだろうと。
「すまないつい興奮して難しい話をしてしまったな。屋敷に戻ろうか、随分と遅くなってしまった。メアリーが待ってる」
その時、第一王子が用意してくれた馬車を待っていると、ビアリス伯爵とその息子、ルージュが現れた。
俺が五本指と言われた時、苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのをハッキリと覚えている。
「やあ、どんな手を使ったのだ?」
開口一番がこれとはまさに恐れ多い。
だが父は余裕だった。卑怯な手は使っていない。しいて言えば、俺が赤ちゃんの頃から努力したくらいだろう。
「何もしていませんよ。しいて言えば、愛情を与えたことが、すくすくと育つきっかけだったのかもしれませんが」
最高の皮肉だ。手塩にかけたといってた息子を遠回しに全否定する。
ルージュはずっと俺を睨んでいた。何か言いたげだが、流石に言えない。
なぜなら俺は男爵、爵位を持ってない息子が、俺に口答えはできないのだろう。
すると馬車がやってきた。行きよりも随分と豪華だ。
ビアリス卿が乗り込もうとすると、衛兵に止められる。
「貴様、何のつもりだ?」
「こちらは第一王子、フィリップ様がクライン様とリルド様にご用意した馬車です。私の意思ではありません」
「……ふん」
これにはビアリスも黙って下がるざる負えない。
すると父は「失礼、ビアリス」とこれまた皮肉を言った。素晴らしい、拍手したいくらいだった。
中は広々としており、やわらかいクッションが敷かれていた。
笑ってしまうほどの待遇、五本指は凄いのだと教えてくれている。
調子に乗りそうだったが、父がそれに気付いて声をかけてきた。
「クライン、権力、そして強さに飲まれるなよ。お前は賢い、そしてこれからもっと強くなる。だが忘れるな。本来、人に上も下もない。優劣をつけるな。――いい子に育ってくれ」
頭にガツンと響くようだった。俺が努力したのは、他でもない俺自身の為だ。
そして今は父と母、おもち、屋敷の全員の為だ。
驕るな、ということだ。
「わかりました。――おもち、おつかれさま」
「ぐるぅ!」
「だがよくやった。ビアリスの顔、痛快だったな」
そしてこのしたたかさも見習いたい。
帰りの馬車は、行きよりも随分と豪華だった。
「ねえパパ、帰ったら魔印のこと色々教えてほしい」
「ああ――でもそれよりやることがある」
「やること?」
「みんなでお祝いだ。いっぱい美味しものを食べよう。おもちにも、おやつをあげたいだろ?」
「――うん!」
ああ、やっぱり俺は、この家族に生まれて来てよかった。