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第3話 魔印の正体

「ふんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 抑えきれない痛みは、やがて悲鳴ではなく、悲痛の叫びに変わっていた。

 苦しい、苦しい、だが乗り越えられる。

 おもちが俺を支えてくれている。メアリーがそばにいてくれる。フェアが声をかけてくれる。

 指先が千切れたんじゃないかと思うときもあるが、俺は必死に食らいついていた。

「クライン、ごめんね。おてて拭くからね」

「ふんぎゃ」

 相変わらずメアリーは優しい。気づいたら夜通し泣いている時もあるが、彼女は常にそばにいてくれる。

 フェアが代わりますよと言っても頑なにその場から動かず。それはおもちも同じだった。俺を気遣ってくれている。

 恩返しがしたい。そんな気持ちが、自然と芽生えるようになっていた。

 俺は死なない。絶対に生き残る。

 そしてふと視線を向けると、指先の魔印は人差し指、中指、薬指、果ては小指にまで及んでいた。

 とはいえ俺にしかやはりわかっていないみたいだ。

 そしてそんな日々が続いたある日、新しい人と出会った。

 扉が勢いよく開いた音がしたと思えば、いつもとは違う低い声が聞こえる。

 ――男?

「メアリー! 遅くなってすまない。魔結界を張るのに時間がかかってしまった」

「あなた!? 帰るときは言ってほしいと伝えていたでしょう!?」

「ああ……悪かった。一刻でも早く、我が息子を抱きたくてな」

 我が息子……?

「寝ていたけれど、今ので起きたかもしれないわ」

「そうか、早速その……みていいか?」

「ふふふ、いいわよ。でも、ちゃんと手を洗ってからね」

「あ、ああ! わかった!」

 もしかしたら、という疑念が頭に浮かぶ。

 バタバタと音が聞こえる。その後、ドンッと地面に倒れたような音がした。

 どうやら随分とおっちょこちょいなのだろうか。

 だが痛いとは聞こえないあたりは、強い人なのかもしれない。

「おお、クライン。――我が息子よ」

 その時、俺は抱きかかえられた。

 メアリーのときよりも随分と高い。そうか、身長が高いのか。

 でもなんだか怖――。

「おんぎゃああああああああああ」

「ク、クライン!? どうしようメアリー、泣いてしまった」

「あらあら、ってあなた鼻から血が出ていますわ」

「転んでしまったんだ……。それよりど、どうしたらいい!?」

 俺が泣いたことで随分と焦っている。

 ずっとメアリーを一人にしやがって、俺は許さないぞ。

「おんぎゃああああああああああ」

「ク、クライン!?」

「ほら、私に預けてください」

 そっとメアリーに抱きかかえられると、凄く心地よくなった。

 ああ、やっぱり安心する。

「さすがだな……。もしかして俺のことが嫌いなのだろうか」

「心配しすぎですよ。まだこれからです」

「……そうだな。そういえば、本当に魔印が出ているのか。それに魔獣も」

「ぐるぅ?」

 父親らしき人は、俺の指を見て驚いていた。

 その横にいるおもちにもだ。

 やはりこれは何かの意味を持つ。それは確信していた。

「そのこは、おもちです」

「おもち? どういうことだ?」

 その時、思わず声を上げそうになった。

 いや、赤ちゃんなので泣き叫ぶことしかできないが、どうして知ってるんだ?

 そうか、俺が必死に呼んでいるからか。

「クラインが呼ぶのですよ。おもちえああ おもちえあああって。きっと、心でつながってるのよ」

「そうか、それはいいことだ。おもち、クラインを守ってやってくれ」

「ぐるぅ」

 守る、という言葉からするとやはり俺は危険な状態なのだろう。

 少し俺が落ち着いてから、父親がまた俺抱きかかえようとする。

 少し早いが、まあ許してやらんこともない。

「おー、よちよち。今度は大丈夫だぞ」

「ばぶばぶ」

「あらほんと、懐いてますわね」

「ほれほれ、パパだぞー」

「おんぎ――」

 だがその時、顔を近づけられたことで髭が俺の頬に当たる。

 赤ちゃんは敏感なのだ。ほんのちょっとの刺激でも声が出てしまう。

 案の定――。

「おんぎゃああああああああああああああああ」

「ク、クライン!?」

「ふふふ、まだまだですわ」

 ああでも――なんだかいいな。

「ぐるぅ」

 ▽

 更に半年が経過した。

 メアリーは相変わらず無償の愛を注いでくれるし、フェアとも随分と仲良くなれた。

 おむつに関しては相変わらずだが。

 また、父親の名前がリルドだと判明した。

 今でもたまに家を空けるが、帰宅後はすぐに俺を愛でてくれる。

 メアリーに寂しい思いをさせている仕返しに、号泣&うんちアタックで困らせたりもしているが、それでも俺が可愛くて仕方がないらしい。

 赤ちゃんは最強、いや、赤さんは最強だ。

 しかし相変わらず指先の痛みは変わらない。

 といっても、随分と操作は上達した。

 痛みが出れば次の指に移動させ、身体を這うように移動させていく。

 そしてついに色が濃く出るようになった。

 ただこれは俺にしか視えていないらしい。

 中指は赤色、薬指は黄色、小指は紫だ。

 一番変わったことは、おもちの動きが何となくわかるようになったこと。

 非常に伝えづらいのだが、目をつむっていても近くにいることがわかるし、眠っていることもわかる。

 けれども、これは永遠に続くわけじゃない。

 電源を付けた時みたいな感じで、手足が一緒になったような感覚になるときがある。

 おもちもそれがわかっているらしく、たまに鳴いて答えてくれる。

 そして発作の感覚が長くなり、夜がゆっくり眠れるようになったころ、メアリーとリルド会話で凄く気になることがあった。

「クラインの魔印は漆黒だ。間違いなく魔結界を習得できるようになるだろう。もし魔滅まで覚えることができれば、最強の魔結界士になれるかもしれないな」

「そうね。でも……私は心配だわ。そうなればあの子の取り巻く環境は普通とはほど遠くなる。貴族の権力争いに巻き込まれやしないかしら」

 何のことかはわからない。

 だが二人が真剣に俺のことを考えてくれているのはわかった。

「安心してくれ、俺が守る。それにクラインは立派に成長するだろう。周りに流されず、それでいて芯のある男になるはずだ。なぜならクラインは、メアリーの息子だからな」

「ふふふ、あなたの息子でもあるのよ。――そうよね、私たちがクラインを守らなきゃ」

「ああ、しかし魔獣もいるとなれば祝福の儀では凄いことになるだろうな。もし今後、他の指に魔印が一本でも出れば、世界を揺るがすことになるかもしれない。なんて、考えすぎか」

 ……なんか凄いことを言っているが、大丈夫だろうか。

 俺、合計で四本の印がでています。

「私はただ、ゆっくりとあの子が幸せに過ごせるだけの才能があれば、何も言うことはないわ。幸せになってほしい、いいえ、幸せにしたい」

「ああ、そうだな。メアリーの言うとおりだ。」

 ……メアリーは俺が人差し指以外にも魔印が出ていることを望んでいないようだった。

 だったら……黙っていたほうがいいのだろうか。

「おんぎゃあ」

 気づいたら声が出てしまった。

 邪魔をしてしまったと思ったが、二人は俺の元まで歩み寄り、頬を撫でてくれた。

「クライン、お前は俺たちの希望だ。そして愛する我が息子。痛みになんかに負けるなよ」

「……クライン、愛してるわ」

 ああ……俺はこの二人、いや、両親が大好きだ。

 メアリーとリルド、そしておもちと一緒に絶対に幸せな人生を歩みたい。

「ぐるぅ」

 そうか、おもちもそう思うよな。

 頑張ろう。

 ――俺たち二人で、家族を幸せにしよう。

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