結局、誰の失態だの失敗だの不始末だの不注意だのという、人為的ミスのバーゲンセールが、僕とみなもの誘拐事件を引き起こしたんだけど、そんな無様な軍のケツを拭いたのは、遭難した僕らの船を追いかけてきた店長と明日香ちゃんってことになるわけで。
詳細に関してはぶっちゃけ僕もよくわからないから、説明のしようもない。ただ言えることは、僕が捕まったことで、軍需産業のカンパニーって連中の悪巧みが暴かれて、敷島のおじいちゃんは娘共々、島の水産研究所でカタギの仕事をすることになった。これは事実上の軟禁だね。
敷島のおじいちゃんの研究を最初に悪用したのは軍で、その情報がどっかから漏れた結果、今度はカンパニーに悪用されちゃったわけで。おじいちゃんもさんざんな目に遭ってるよな。いろいろ同情してしまう。
それから兄貴たちは今、アンコールワットあたりで呑気に観光中らしい。あと、僕自身のことだけど…………
「いっぺんに食べるのムリだから! 交互にしてって言ってるだろ! 殺す気かよ!」
いま僕は、島の軍病院の一室にいる。
無論、個室だ。あ、内装はいたって普通だよ。
自覚はなかったんだが、秘密基地の培養プールで落っこちたときのケガが思いのほか重傷で、基地に戻ってすぐ入院することになっちまった。
「威くんは怪我したんだから、しっかり栄養取らないとダメなのよ。ほら、あーん」
伊緒里ちゃんが、一口サイズに切ったパパイヤをフォークで僕の口に運ぶ。
「食え! いいから食え! 貴様みなもさんのリンゴが食えないのか! 食えってば!」
皮を剥いた丸ごと一個のりんごを、僕の口にネジ込もうとするみなもさん。どうでもいいけど、またラップついてんぞコラ。本当に学習能力のないヤツだな。
「あーもうヤダー。こんなことなら点滴だけの方がいい……」
「なによ。威くんが、二人とも嫁にしたいっていうから、こうして仲良くお世話してるっていうのに。いまさら撤回なんかしたら、威くんにもて遊ばれたって島中に言いふら――」
「あーあーあー悪かった悪かった僕が悪いんです全部僕のせいですごめんなさい」
僕はベッドの上で土下座した。
「というか、責任取るに決まってるだろ。ったく……」
「私、威のそういうとこ、キライ」
「は? おっしゃる事がわかりません、みなもさん」
「威は、責任とか、義務とかで私と結婚したいって言ってた。だから、前からずっと、それはちがうって、そんなの恋愛じゃない、そんなの私はいやだ、って言ってたんだけど」
「……は、いつ? じゃ、もしかして、それが、恋人になりたくない原因だったわけ?」
みなもはうんうん、と大きく頷いた。
「だったら、もっとはっきりと正確にかつ詳細で明瞭に僕に説明してくれなきゃ分からないだろうが! なにが、威の好きは違う、だよ。それだけで分かったらエスパーだよボケ! アホかお前は! それが全ての元凶だってのにお前ときたら! 僕がどんだけお前のことを愛しているか分かっててそういうこと言うのイカれてるだろ? だいたいだな、お前は自分の思考をもっと伝わるように言語化する訓練がだな………………、あ」
みなもが、目に涙を貯めだした。次の瞬間、僕はみなもと伊緒里ちゃんのダブルストレートパンチを食らって、ベッドのヘッドレストにめり込んだ。その時、病室のドアが開いた。
「おう威! お前の親友が横須賀から遠路はるばるこの…………お前、何やってんの?」
そこには、目を点にした吉田修太郎がいた。
「何しに来たんだよ、修太郎」
「俺は今日からカメハメハクラブ・ニライカナイ支社長だ」
「僕のおっかけかよ」
「そりゃ親友がイクサガミ様ならご威光に預かるのが筋ってもんじゃ……にしても何だよこの状況は」
「ははは……。島にいるだけ、って、結構大変なんだぞ。こんくらい、いいだろ」
「あ、吉田くん来たんだ」
「来たんだ、ってみなもちゃんヒドイ」
支社長と聞いた伊緒里ちゃんがビックリして立ち上がった。
「あ、あの、支社長さま初めまして! わ、わたくしカメハメハクラブのニライカナイ店でバイトをしております八坂伊緒里と申します! どうぞよろしくお願いします!」
と、一気に言うと吉田に深々と頭を下げた。
「あ、どうもご丁寧に。私、カメハメハクラブ社長の長男でご当地の支社長として本日赴任致しました吉田修太朗と申します。店舗スタッフさんには大変お世話になっております。本部の人間として至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」
吉田は懐から名刺を出して、伊緒里ちゃんに差し出した。
「君たち、僕の病室でなにビジネス会話してんの? そういうの店長に……」
と言いかけて、病室のドアがいきなり開いた。
「よお威! マンガ持ってきてやったぞー! ……ん? 客人か?」
「ちーす店長。あざっす。こいつ俺の親友でカメクラの御曹司。今日から支店長やるんだと」
「初めまして! 吉田修太朗です! 神崎提督ですね! お会いできて光栄です!」
またまた懐から名刺を出して店長に突き出した。
「お、おう。元提督な。今はゲーム屋の店長だよ。にしても……支店なんて作る必要あったんか?」
修太朗はニヤリと笑った。
「ええ。威と遊び足りなかったんで追っかけて来たんですよ」
「ちげーだろ、僕とダチだっての利用したいだけだろが」
「なるほど」
「どっちの意味だよ店長!」
「さあな」フンと鼻を鳴らす店長。
「そーなの吉田くん。利用なの。だったら処すけど」みなもの目が吊り上がる。
「あのー……私はどうしたら……」伊緒里ちゃんが助けを乞う目で僕を見る。
半開きのドアをコンコンとノックして、淳吾さんがやってきた。
「威君、お見舞い持ってきた……ん?」
「「「「やったー!!」」」」
僕、みなも、伊緒里ちゃん、店長が一斉に喜びの雄叫びを上げた。
淳吾さんの料理は絶対美味しいに決まってる。
「って、僕へのお見舞いでしょ、なんでみんな食べる気でいるのさ」
「いーじゃんいーじゃん。ねー」
みなもが伊緒里ちゃんと顔を見合わせて言う。
「そ、そうですね! じゃあ私もまた何か持ってこなきゃ。あと、お店任せっきりですみません」
と言う伊緒里ちゃんを制して淳吾さんが、
「君は威くんのお世話があるだろう。足りなければまた俺が持ってくる。店は俺と明日香ちゃんでやってるから心配いらない」
「あ、はい。すみません」
なんて言ってるそばから、店長とみなもがお見舞いのお弁当を暴いている。こいつらときたら、息ピッタリじゃねえか。
「焼いてるの? 威くん」
僕の気持ちを読んだのか、伊緒里ちゃんが嬉しそうに言う。
「ううう……」正直なんて答えればいいか僕には分からない。
「威~、お前、愛だな」
修太朗が僕の肩を叩いて言った。
「生き様だよ、クソッタレ!」
僕は、みなもと伊緒里ちゃんを両脇に抱いて、満面の笑みでそう言ってやった。
(了)