「しゃがんで! 首落とすよ!」
培養プールの外に出た先で、どこからか女の子の声がした。
「は、はひぃ!」
僕は言われるまま、その場にしゃがみこんだ。
「アヴァアアアアアアァァァン、ストラ――――ッシュ!」
女の子が聞き覚えのある技の名前を絶叫すると、目の前に閃光が走り、――かにの足が宙を舞った。
見上げた僕の目に映ったのは、切断されたドデッかにたちの断面だった。
「遅くなってごめんね、威くん。もう大丈夫だから☆」
頭を抱えた僕に向かって、ジャージ姿の美少女が満面の笑みでそう言った。
「待たせたな、少年!」
そこには見覚えのある二人がドヤ顔で立っていた。
「明日香ちゃん! 店長!」
「立て、威」
「はい!」
店長が僕に手を差し出し、僕はそれを握った。
ふわっと体が浮き上がると、たくましい腕に抱きとめられた。
「よくやったぞ、威! 師匠として鼻が高い!」
「ありがとうございます!」
店長が言うほどあまり物を教わった気はしてないけどね。
「敷島のおじいちゃんとみなもが一緒なんだ。見かけなかった?」
「これから探す。応援も連れて来てるが、この島の岸壁が狭くて船があまり接舷出来ないんだ。船員たちの収容に時間がかかってる。手伝ってくれ」
「了解!」
僕らはその場を後にした。
◇
秘密基地内は警報が鳴り響いてて、大騒ぎになってた。白衣の人も、戦闘服の人も、慌てて走り回っている。みんな自分のことで精いっぱいらしく、もはや僕らを探そうとする人はいない。が、念のため少しだけコソコソと移動する僕ら。
ときおり遠くで自動小銃で撃ち合う音が聞こえるから、カンパニーとかいう組織の人らは軍に圧されてるんだろう。
「こんな状態で、諏訪丸の人や、みなもたちをどうやって探すのさ」
「威、私を誰だと思ってるの? 有人の戦巫女よ?」
「すまん、明日香、頼む」
「明日香ちゃん、お願いします!」
遠くを見通す戦巫女の力は、建物の中でも使えるとは初耳だった。みなもには、そんな力はなさそうだったから。
「……こっち!」
明日香ちゃんは魔女っ娘ステッキで指し示した。
僕らは人目を忍んで秘密基地の中を進んでいった。
◇
僕らは、どこかの通路奥に追い込まれてる、みなもと敷島のおじいちゃんを見つけた。おじいちゃんはみなもを後ろ手にかばって、戦闘員の前に立ちふさがっていた。
おじいちゃんの白衣には少し血がにじんでいる。きっとみなものために傷ついてしまったんだ。
「みなも!!!!!!!」
「威!! みんな!!」
敷島のおじいちゃんの背後から顔を出すみなも。
「威、ここは――」
そう店長が言いきらぬうちに、僕は戦闘員たちに突っ込んでいった。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
僕は武器を出すより先に足が出てた。
人間に反応できない速さで戦闘員たちを蹴散らし、みなもを抱き上げた。
「みなも!! みなも!!」
「たけるう……うっっうっ」
みなもは安心したのか、僕の胸で泣き出した。
「もう威と会えないと思ってた……」
「僕もだ」
「みなもちゃんは護ったぞ、威くん」
敷島のおじいちゃんが僕の肩を叩いた。
「ありがとうございます!!!!」
「お二人さん、感動の再会のところ悪いんだが、急いで脱出だ」
店長と明日香ちゃんが戦闘員を手早く拘束すると、みんなでその場を後にした。
戦闘員の人らは、あとで軍が捕まえるだろうって店長は言ってた。
◇
明日香ちゃんが透視したところ、諏訪丸の乗員たちは軍の人が保護してるそうなので、僕らはまっすぐ港に向かうことにした。
視界が開けると、洞窟内に作られた小さい港に停泊してるうずしおと、超デッカいかが船にのしかかろうとしているのが見えた。
「うわあああ!」
「きゃあ!」
僕とみなもは驚いて叫んだ。
「あーあ、こりゃ……」
うずしおの上のいかを見て渋い顔をする店長。
軍人さんたちが銃で撃ってるけど、まったく効いてない。その中には難波さんも混ざっていた。
「威くん! みなもちゃん! 無事だったか!」
難波さんが駆け寄ってきた。
「はい! なんとか!」
「なんばさ~~ん、たいへんだったんだよ~~~」とみなも。
「兄貴が手も足も出なかったのは、こいつのせいです!! 兄貴は触手が大嫌いなんだ!!」
僕はいかを指差した。
「「なんだってーーーー!!!!」」
店長と難波さんが同時にシャウトした。
「カニの方だったら、兄貴も逃げなかったはずです!!」
「ありゃまあ……」と店長。
「威! いかの弱点は頭と胴体の付け根の左右と、眉間だ! まずは眉間から狙え! 足の動きが止まる!」 難波さんが僕に叫んだ。
「え、でも……」
うねうねと足を動かしてて近寄れる気がしない。
「威君なら出来る! 特訓を思い出して!」
明日香ちゃんが応援してくれる。
「やべえ、かにのお代わりが来ちまった。俺はこいつらを抑えるので忙しい。お前がやるんだ!」
店長はプールから逃げてきたドデッかにの大軍を通路際で抑え込んでいる。狭い洞窟内の港では、さしもの店長も本気が出せず、苦戦している。
「ようし……」
僕は武神器を腰から抜くと、大剣モードにしてデッカいかの眉間に狙いを澄ませた。僕の体から剣へと気が流れ込んでいき、刃が光と熱を帯びる。
「ていや!!!」
渾身の力で大剣を投げると、デッカいかの目と目の間に突き刺さった。その瞬間、赤茶色だったいかの足がすうっと白く変色し、ぐったりと動かなくなった。
目から上、胴体の部分はまだ生きていて耳がぐにょぐにょと動いている。足さえなければもう怖いものなどない。
僕は船体に縫い付けられたデッカいかから大剣を引っこ抜くと、今度は目の左右をざくざくと刺した。これで頭の方も白く変色し、耳も動かなくなった。
「やったぁ! 威!」みなもが手を振る。
「よし! 兄貴に勝ったぞ!」
「威すごーい!」
「さすがだ、威! 琢磨さんを超えたな! はっはっは!」
僕のお付きの難波さんも、なんだか鼻が高いみたいだ。
「お前らいいから船に乗れ! 難波、すぐに出すんだ! 明日香も乗れ!」
かにの爪をいなしながら店長が叫んだ。
僕らが船に乗ったのを確認すると、店長は通路の壁ごと崩して、ドデッかにたちを生き埋めにして、ダッシュで船に飛び乗った。
◇
秘密基地の島を離れると、あちこちから煙が上がってるのが見えた。
多少逃げ出した連中の駆除が残ってしまったけど、とりあえず巨大生物事件は解決することが出来た。
甲板で島を見ていた僕に、難波さんが声をかけた。
「威、しばらく後始末で出動してもらうことになりそうだが、大丈夫か?」
「もちろんです。そのために兄貴の代わりにここに来たんだし」
「頼りにしてるぞ」
「はい!」